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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case40

2023.11.8

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 07.11.2023

Case 33-2023: An 86-Year-Old Man with Shortness of Breath 07.11.2023

 86歳の男性が息切れを主訴にMassachusetts General Hospital:M.G.H.に入院となりました。6か月前に1・2マイルの歩行で間歇的に息切れが発症しました。10週前に脊柱管狭窄症に対して減圧術が施行されて術後の運動量の増加に従って息切れの頻度も重度も漸増します。同術後7週間のうちに息切れはより少ない運動量で発症するようになります。3週間前になると部屋を歩行することも困難となり、他院のかかりつけ医を受診します。測定されたD-dimer値は3220ng/ml(<500)、M.G.H.の救急外来を紹介されました。息切れは労作或いは臥位で増悪すると訴えました。右下肢の軽度腫脹に気付いたといいます。発熱、咳、胸部症状を認めません。体温は35.8℃、血圧156/74、心拍は81、呼吸数は16、SpO2は99%でした。みたところ疲れているようです。肺聴診所見は正、心収縮期雑音を認めます。右下肢に軽度浮腫を認めます。troponin値は24ng/l(0-14)、NT-proBNP値は1105pg/ml(0-1800)、COVID-19, respiratory syncytial virus, influenza type A Bは何れも陰性でした。胸部CT所見では肺塞栓所見なく、両側の胸膜化に小顆粒が集簇し、肺底区に”tree-in-bud opacity”と網状影を認めました。心室、心房が拡張しています。心筋のperfusion imageがされてEFは75%、虚血や梗塞は明らかでありませんでした。かかりつけ医でのフォローアップを予定されて退院となりました。退院後2週間息切れは継続して、今回入院当日に息切れのために数歩を進めることもできなくなりました。他院かかりつけ医を再診して、SpO2g78%、カニュラで酸素投与がされてM.G.H.の救急に搬送されました。彼が言うには補助具、車椅子がないと移動できません。review of systemとしては3か月で11kgの体重減少、間欠的な眩暈、臥位で増悪する咳嗽、下痢を認めました。既往歴には高血圧、高脂血症、obstructive sleep apnea、GERD、うつ状態、片頭痛、脊柱管狭窄症があります。内服薬としてはomeprazole、sertraline、cholecalciferol、そしてfluticasone inhalerがあります。oxycodoneを筋骨格痛に、albuterol inhalerを息切れ時に頓用します。退職していてNew Englandの郊外に妻と2匹の犬と暮らしています。毎週一杯のワインを飲み、喫煙歴、違法薬使用経験はありません。薬物アレルギーはありません。父親は脳卒中で母親は心臓病で亡くなっています。診察すると体温は36.5℃、血圧150/73、心拍は75、呼吸数は20、SpO2は94%(カニュラ5L酸素)です。BMIは20.7。みたところ疲弊してみえます。呼吸困難を認めて会話も中断します。頚静脈が怒張してc-v波が顕著、Kussmaul’s signはありません。両側肺底部にcracklesを聴取しますが喘鳴ありません。3/6の全収縮期雑音を胸骨左縁下部に、軽度の拡張期雑音と一緒に聴取します。肝臓に拍動を触知します。両下肢に1+の浮腫を認めました。検査結果ではNT-proBNP値は1788pg/ml。心電図では右脚ブロック、TTEでEFは68%、右室は拡張しており、心室中隔は平坦化しています。右室のvolume overloadに一致する所見でした。三尖弁、特に中隔尖の肥厚が顕著で運動制限を認めました。結果として三尖弁閉鎖不全を合併してジェットが心房中隔に向かっていました。肺動脈弁に肥厚を認めて閉鎖不全を合併しています。僧帽弁と大動脈弁にも軽度の肥厚を認めましたが狭窄、閉鎖不全を伴いません。右房は拡張して卵円孔から右左シャントが明らかでした。右室圧は30mmHgでした。furosemideの経静脈投与がされて患者は入院となりました。

<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS>Mayo Clinic循環器内科のSushil Allen Luis先生の解説です。86歳の男性が進行性の息切れと低酸素血症で入院となりました。三尖弁と肺動脈弁に障害を伴い、卵円孔に右左シャントを有していました。

PULMONARY EMBOLISM 本例に見られた当初の病像からは肺動脈塞栓症を疑わせます。D-dimerの高値があり、原因としては炎症、手術、外傷が考えられます。Wells scoreも評価されます。片側性の下肢浮腫は深部静脈血栓症を疑わせます。肺動脈塞栓症以外の病態の可能性はより低く感じられます。CT angiographyが必要となります。

PULMONARY DISEASE CT angiographyで肺動脈塞栓症が否定されましたが肺内に異常所見が得られました。これら所見からは結核、非定型抗酸菌症、アスペルギルス症、誤嚥性肺炎、ウィル性細気管支炎、cystic fibrosis, Kartagener’s syndrome等の先天性疾患、sarcoidosis, lymphoma等の肺血管浸潤が鑑別診断となります。これらは本例の臨床像を統合すると否定的です。                                                 

ACUTE CORONARY SYNDROME AND LEFT VENTRICULAR FAILURE 進行性の呼吸困難と低酸素血症からは心筋梗塞と左室不全を考慮する必要がありますが、本例では違うようです。

PLATYPNEA-ORTHODEOXIA SYNDROME 進行性の息切れが臥位で発症する点からはplatypnea-orthodeoxia syndromeを考える必要があります。息切れ(platypnea)と低酸素血症(orthodeoxia)が立位で発症して臥位で軽減するという病像です。この病像は肺・心疾患にみられます。肺病変としては肺動静脈奇形、肺肝症候群、肺実質障害によります。本例は臨床的にこれらと異なります。心疾患としては心房内シャントと右房圧の上昇が考慮されます。ASD、肺高血圧症、高度三尖弁閉鎖不全症、右室不全、収縮性心膜炎、心嚢液等が鑑別されます。これらの中で本例ではTTE所見も併せて三尖弁閉鎖不全、右房拡張、卵円孔からのシャントが合致します。

TRICUSPID REGURGETATION AND PULMONIC STENOSIS 本例では高度の三尖弁閉鎖不全と右室volume overloadが明らかで、この場合心雑音をしばしば聴取しません。圧格差が少なく、乱流が少ないことによります。それ故に本例で聴取される収縮期雑音は不自然かもしれません。本例ではAS, MR, hypertrophic cardiomyopathyも否定的なので比較的稀ながら肺動脈弁狭窄症が疑われます。

CARCNOID HEART DISEASE 本例ではTTEで三尖弁と肺動脈弁に弁尖の肥厚と運動障害が認められました。これら病像は先天性疾患を除くとカルチノイド症候群、或いは薬剤起因性疾患が疑われます。カルチノイド腫瘍は血管作動性物質、即ちserotonin, histamine, tachykinins, kallikreins, prostaglandins等を分泌する神経内分泌腫瘍でカルチノイド症候群を合併します。カルチノイド症候群は顔面のflushing、気管支攣縮、下痢、血管拡張等出現し、本例では後二者を認めています。心疾患としては血管作動性物質・特にserotoninによる作用で弁尖の線維化、肥厚、変形を来します。特に肺動脈弁、三尖弁で顕著です。大動脈弁と僧帽弁では半分以下の頻度で侵されますが、卵円孔開存例で報告されています。薬剤起因性弁疾患としては原因薬として片頭痛治療薬であるergotamine, methysergide、パーキンソン病治療薬であるpergolide, cabergoline、食欲抑制薬であるfenfluramine, phentermineなどが知られています。薬剤起因性心疾患はカルチノイド症候群にみるそれらに病像が類似していますが、侵される弁がカルチノイド症候群では右心系に圧倒的に多いのに比して、薬剤起因性心疾患では両側心にみられます。本例に見られる臨床像、TTE所見などを総合するとカルチノイド症候群による心疾患が疑わしいと思われ、画像診断をreviewすることが必要です(CT angiographyに肝転移巣が映っていないかとか)。診断確定のために尿中の5-hydroxyindoleacetic acid(5-HIAA)値を測定します。    

<LABORATORY TESTING> 24時間畜尿で5-HIAA値は167.8mg(<9.8)と高値でした。多くのナッツ、果物、野菜がserotoninを含んでおり、直近で接取していた場合に尿中5-HIAA値が正常上限を超えることがあります。更に薬の影響も考慮されなければならず、acetaminophenはserotonin代謝に影響して尿中5-HIAA値を減じる方向に働きます。更にtryptophaneを含有するサプリメントは尿中5-HIAA値を増加します。liquid chromatography with tandem mass spectrometryによる検査ではこれら影響を排除可能です。非機能性腫瘍もあり、尿中5-HIAA値が正常でも神経内分泌腫瘍は否定できませんが、尿中5-HIAA値が食事、薬の影響が否定される状況の中では特異度は100%となります。神経内分泌腫瘍における他のマーカー、chromogranin Aやglycoproteinは特異度が少ないために当初の診断に測定は勧められません。chromogranin A値については診断後フォローアップには有用とされます。Chromogranin A値は炎症、腎障害、PPI等薬剤に影響を受けます。本例にみられた尿中5-HIAA値と臨床像はカルチノイド症候群に合致しますが、更に、多くのカルチノイド症候群が神経内分泌腫瘍の肝転移等、転移性病変を有することから、画像診断と病理組織学的所見からの確定診断が必要となります。

<IMAGING STUDIES> CT pulmonary angiographyのreviewで肝腫瘍が確認されました。腹部・骨盤造影CT所見では径10cmの複雑に造影効果を有する肝腫瘍がS7・8に認められて、石灰化を有する径2.4cmまでの腹腔内リンパ節腫大を認めました。造影MRI所見で肝腫瘍には内部に壊死・出血を示唆する異常信号を認めます。PET-CT所見でみると、肝内には主病巣以外に尾状葉にも小病変を認め何れも異常信号を認めました。更に径1.8cmまでの多発小腸病変と腫大した腹腔内リンパ節腫大に異常高信号を認めました。以上の画像所見は肝臓、腹腔内リンパ節転移を伴う原発性小腸カルチノイド腫瘍に合致します。

<HOSPITAL COURSE AND CARDIOLOGY MANAGEMENT> 第4病日に酸素必要量が増し、集中治療室に移りました。右心カテが卵円孔をバルーン閉鎖する方法で実施されて肺動脈圧、肺血管抵抗、肺静脈圧は正常でした。カテーテル卵円孔閉鎖術が施行されて呼吸困難は回復、投与酸素は必要なくなりました。シャント修復により左心の弁尖異常のリスクを減じられると期待されます。

<MANAGEMENT OF NEUROENDOCRINE TUMORS> 神経内分泌腫瘍はあらゆる臓器から発生しますが、肺、膵臓、腸管に高頻度に発生します。WHO分類でgrade1, 2に分類される分化傾向のある腫瘍にカルチノイド症候群を合併します。Grade1, 2の神経内分泌腫瘍のうち20%にカルチノイド症候群を合併すると報告され、高グレード腫瘍には合併が稀とされます。多くは肝転移を有し、肝転移のない例では血管作動物質の代謝が可能であることが予想されています。進行カルチノイド腫瘍の最も問題となる合併症は右心系弁尖への物質沈着です。左心系で弁尖障害が少ないのは肺で血管作動物質が皮活性化される推定されています。カルチノイド症候群の20%に心疾患を伴ない、多くは無症状と報告されています。治療としては転移例であっても可能ならば腫瘍の外科的切除です。手術不能例ではlong-acting somatostatin analogueの使用が推奨されています。肝転移巣の局所コントロール(切除、塞栓術)、somatostatin receptorを発現する症例にはpeptide receptor radionuclide therapyも実施されています。everolimus投与、化学療法が有用である症例もあります。

<FOLLOW-UP>  卵円孔閉鎖により呼吸症状は消失、octreotideの投与により下痢も消失しました。第16病日に患者はリハビリ施設に退院となりました。退院後に肝腫瘍生検がされて、病理組織学的に転移性高分化神経内分泌腫瘍の診断となりました。腫瘍細胞は免疫組織化学的に神経内分泌マーカーであるchromogranin Aとsynaptophysinが陽性でした。

更にcaudal-typehomebox2が陽性であり、腫瘍は消化管原発と明らかになりました。Ki 67発現率は1%以下でWHO分類ではgrade 1と診断されました。本例は外来でoctreotideと利尿剤投与で治療を受け、運動能力、QOLも改善しておりました。発症後6か月後に消化管穿孔で来院しましたが、病状を考慮して本人、ご家族と相談のうえ緩和療法のみの方針となり、第7病日に永眠されました。

 小生は消化器内科でもありますので、神経内分泌腫瘍やカルチノイド腫瘍を少なからず経験しておりますが、カルチノイド症候群を呈した症例は経験がありません。「進行カルチノイド腫瘍の最も問題となる合併症は右心系弁尖への物質沈着です。左心系で弁尖障害が少ないのは肺で血管作動物質が不活性化されると推定されています。カルチノイド症候群の20%に心疾患を伴ない、多くは無症状と報告されています。」と解説されています。神経内分泌腫瘍の産生物質により心弁膜症が起こるのだそうです!びっくりしました。知らないことがいっぱいあります。

<伊東ベテランズ 川合からの報告です>