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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case43

2023.12.6

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 05.12.2023

Case 36-2023: A 19-Year-Old Man with Diabetes and Kidney Cysts 05.12.2023

 19歳男性が腎膿疱の評価のためにMassachusetts General Hospital(M.G.H.)腎臓内科に来院しました。3年前に腹痛と嘔吐・吐気と頻尿が出現してM.G.H.の救急外来に母親に連れられて来院しました。夜間3・4回排尿のために覚醒すると言います。同時に体重減少、食思不振、口喝増強を訴えました。体温は36.9、血圧123/70、心拍65、体重51.9kg、身長165cm、BMIは18.8でした。身体所見に、他特記事項ありません。血糖値780mg/dl、HbA1c12.9%でした。血清creatinine1.45mg/dl(0.60-1.50)でした。糖尿病の診断がされてinsulin注、補液がされて入院となりました。3日間の入院中にinsulinの基礎投与レジメンが確立されて、腹痛、吐気・嘔吐、多尿、口喝は改善しました。第4病日に血糖値133, 血清creatinine1.33で自宅に退院、insulinによる継続治療が計画されて他院の内分泌科を紹介されました。その後の2年間患者はinsulin治療を継続し、glutamic acid decarboxylase 65(GAD65), islet antigen 2(IA-2), insulin自己抗体は陰性でした。今回より1年前に患者は近医での定期検査で肝機能(AST, ALT, ALP GGT)障害を認めて、M.G.H.消化器内科に紹介されました。訴えはなく、身体所見は正常です。AST87U/l(10-40), ALT158U/l(10-55), ALP468U/l(55-149), γ-glutamyltransfelase(GGT)1158U/l(8-61)でした。腹部超音波検査所見では胆のう、胆管に特記すべき異常を認めませんでした。右腎の一部が描出可能でしたが計1cmの嚢胞2個を認めました。左腎は描出できませんでした。MRCP所見では肝、胆道、脾臓に特記すべきことありませんでした。膵頭部、頚部が比較的小さく、体尾部は欠損していました。両側腎に大きさ2~14mmの多発嚢胞を認めました。次の1年間、患者は予定されたフォローアップを受けずに今回の1週間前に受診されました。訴えはなく、身体所見は正常でした。MRCP所見に著変なく、患者は腎膿疱について腎臓内科を紹介されました。問診すると成長に問題なく、ワクチンは全て接種、受けている薬剤はinsulin degludec, insulin lisproです。薬物アレルギーはありません。高校生でNEW ENGLANDの郊外に母親と3人の同胞と暮らしています。喫煙・飲酒歴なく、違法薬使用経験ありません。父親が糖尿病前状態といわれており、肥満と高血圧があります。母親と3人の同胞は異常ありません。父方祖父、母方祖父、母方曽祖父に糖尿病歴があります。血圧124/66、心拍76、体重65.5kg、身長176cm、BMIは21.2でした。身体所見に特記事項ありません。随意尿検査でタンパク1+、糖2+、わずかにケトン陽性です。顕微鏡的には特記すべきことありません。超音波検査所見では両側腎のechogenicityが亢進しており、皮質・髄質境界が不明瞭化しています。以前からみられる嚢胞があります。

<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS > Tel Aviv大学小児科のAsaf Vivante先生の解説です。

この19歳男性は糖尿病、肝機能障害、腎嚢胞といった多彩な臨床像を呈していますが、更に家族歴に糖尿病があり、軽度の高血圧、タンパク尿、膵の異常、画像診断で腎実質の異常が明らかになっています。それぞれの臨床像、それらの経時的な像をふまえて全てを統一する診断を考察したいと思います。

 DIABETES IN ADOLESCENCE 本例は16歳で糖尿病を発症しています。幼少期或いは思春期に発症する糖尿の6%近くが1遺伝子変異を有するmonogenic diabetesと表現される一群であると報告されています。本例はGad65, IA-2, insulin autoantibodyが陰性であるので、このmonogenide diabetesである可能性が高いと考えます。家族歴からもこの疾患を示唆しますし、ただし両親には何れも糖尿病の早期発症は認めません。

  PERSISTENTLY ABNORMAL RESULTS OF LIVER FUNCTION TESTS 糖尿病の診断の2年後に肝機能障害が指摘されました。症状はなく、MRCPに異常ありませんでした。感染症による肝炎、自己免疫疾患、非アルコール性脂肪肝、胆管疾患、血管障害、浸潤性疾患、薬剤・毒性物質による肝障害は何れも否定可能です。更には心不全、甲状腺疾患の影響もみられません。別な理由による原因が疑われます。

  KIDNEY CYSTS 本例の肝障害が指摘された時に実施されたMRCPで腎嚢胞が確認されて、更に一年後の超音波検査では腎実質エコーの異常が明らかとなりました。本例の腎障害を考察するとchronic kidney disease(CKD),  stage 2であると診断可能です。

  CHRONIC KIDNEY DISEASE IN CHIDHOOD AND ADOLESCENCE 幼少期或いは思春期に発症するCKDは成人発症(多くは糖尿病、高血圧による例が多い)のそれらと異なります。本例には糖尿病歴が明らかですが、腎嚢胞がyoung adultsに見つかるのは非典型的で、糖尿病性腎症ではなさそうです。幼少時或いは思春期に発症するCKDの最も多い原因にはcongenital anomalies of the kidneys and urinary tract (CAKUT)、糸球体疾患、renal cystic ciliopathy、溶血性尿毒症症候群、虚血性腎不全などが含まれます。これらの中でGAKUTは約50%を占める最多頻度の疾患で、糸球体疾患20%、renal cystic ciliopathy5%の順です。これら慢性腎疾患のうち夫々が遺伝子異常による形態異常や臨床像に多様性を認めます。これらは典型的には単一遺伝病です。例えばGAKUTは腎成長遺伝子の変異が原因となり、ciliopathyはcilium-centrosome complexに局在する遺伝子産物の変化によります。単一遺伝子が原因となる慢性腎疾患の中で数百の遺伝子変化が確認されています。幼少期、思春期に診断される慢性腎疾患の30%の原因が遺伝子異常によるとされます。そして慢性腎疾患患者における診断的遺伝子検査は臨床像、地理的要因、民族により多様です。慢性腎疾患において原因遺伝子を明らかにすることで、診断の確定、個人的な治療とフォローアップ戦略に有用です。症例によっては腎生検が必要なくなります。という訳で幼少期、思春期にみられる慢性腎疾患例の診断に遺伝子検査を考慮する意味があります。加えて本例では顕著な腎外病変(糖尿病、膵低形成、肝機能障害)と嚢胞性腎疾患を呈しており、遺伝子異常の可能性が高いと思われます。

  CYSTIC KIDNEY DISEASE 嚢胞性腎疾患には単純性腎嚢胞、後天性腎嚢胞、常染色体優性尿細管間質性腎疾患、GAKUT、悪性腫瘍関連嚢胞、他が含まれます。本例の鑑別診断を考えるうえで最も顕著な像は常染色体優勢多発嚢胞腎(autosomal dominant polycystic disease: ADPKD)、常染色体劣勢多発嚢胞腎(autosomal recessive polycystic disease: ARPKD)、nephronophthisis、そしてhepatocyte nuclear factor 1β(HFN1B)をencodeする遺伝子関連疾患(腎嚢胞・糖尿病関連疾患renal cyst and diabetes(RCAD spectrum disorder))だと思います。そしてこれら疾患の病像は重複するところがあります。

  AUTOSOMAL DOMINANT POLYCYSTIC KIDNEY DISEASE (ADPKD) ADPKDは世界で成人における慢性腎疾患の遺伝原因疾患で最多です。ほとんどの症例はpolycystin 1or 2(PKD1 or PKD2)をencodingする遺伝子に変異を認めます。幼少期、思春期には無症候で、超音波検査で単発或いは多発する腎嚢胞を認めるのみです。腎外病変としては肝嚢胞、脳動脈瘤、心弁膜症、そして腸管憩室症です。本例には何れのこれら腎外病変を認めません。更に糖尿病と肝機能障害はADPKDでは非典型的です。

  AUTOSOMAL RECESSIVE POLYCYSTIC KIDNEY DISEASE (ARPKD) ARPKDは小児嚢胞性腎疾患で、肝病変を伴い、多様な臨床像を認めます。fibrocystin(PKHD1)をencodingする遺伝子変異が最も多い原因です。新生児期或いは早期幼少期に発症して、進行性、高度の両側嚢胞腎病変と腎腫大を認めます。稀に成人発症例があります。腎外病変としては肺病変、Caroli’s diseaseと呼ばれる肝線維症に進行する肝病変を認め、young adult発症例では肝脾腫と超音波検査で肝実質の不整を伴う肝病変を合併します。これらは本例には合致しません。

  NEPHRONOPHTHISIS nephronophtisisネフロン瘻は小児、思春期、10代の腎臓病で最も多くみられる遺伝子異常による慢性腎疾患の一つで臨床像は多様です。この病態については約90の単遺伝子異常が明らかにされています。20~25%の症例にnephrocystin 1(NPHP1)をencodingする遺伝子のホモ接合欠損が原因となっています。腎嚢胞の局在は腎の皮質髄質境界に認められ、腎の大きさは正常か、縮小しています。多くは幼少期に発症して多尿、貧血、発達障害を認めます。尿検査に異常を認めず、腎外病変は原因遺伝子異常により肝線維症、脳発達障害、網膜変性症、骨格変形、顔面二形性、片側欠損症、先天性心疾患などです。何れも本例には認められません。                                                                                                                    

  HNF1B-RELATED DISEASE  最後に考慮すべき全身疾患はRCAD spectrum disorderに関連するHNF1B-related diseaseです。この常染色体優性遺伝性疾患はその表現型に多様性を認めます。HNF1B-related diseaseは多臓器を侵す全身性疾患から腎・尿路に限局する疾患までがあります。HNF1B変異はCAKUTの原因となる最もよくある遺伝子変異或いは遺伝子欠損です。HNF1B-related diseaseは嚢胞性腎疾患にmaturity-onset diabetes of the young(MODY)を合併した患者に最初に報告されました。後にHNF1Bの変化が多くの腎・尿路の異常に関連していることが報告されています、それらはCAKUT spectrumで、即ち糸球体嚢胞性腎疾患、腎間質性線維症、マグネシウム喪失性、または高カルシウム血症性腎症などです。多嚢胞腎はこの病態の最もよくある表現型の一つと考えられます。腎外病変としては本例にも見られた不顕性肝障害、そして膵臓低形成も報告されています。HNF1B変異・欠損はde novoで起こり得ます。本例ではRCAD spectrum disorder を合併したHNF1B-related diseaseが最もそれらしい診断だと考えます。確定診断にはHNNB1異常を検出すためにtargeted sequencingとmultiplex ligation-dependent probe amplificationが必要だと思われます。

 <GENETIC TESTING> 唾液腺検体で得られたDNAが解析されました。chronic kidney diseaseに関連する385の遺伝子が検索されて、本例にはRCAD とMODYの原因となるHNF1B異常が明らかとなりました。本例に見られた変異は明らかにloss-of -function或いはもしくはnull variantと呼ばれる、病気を引き起こすと知られるloss-of -function変異です。American College of Medical Genetics and Genomics-Association for Molecular Pathology(ACMG-AMP)ではこれまで病原性として”very strong”として表現されてきた変化をPVS1(pathogenic very strong 1)と表しています。この変化はこれまで関連性のない2人の糸球体嚢胞腎例と1人のMODY疑い例に報告があります。加えて本例に見られたRCADを呈する変異体は、これまで少なくとも4例が報告されています。これらはPS4(pathogenic strong 4)と表され、従来病原性が”moderate”とされた表現に一致しています。そして本例は腎と血糖異常を有するHNF1B-related diseaseであり、これはPP4(pathogenic supporting 4)と表され、従来病原性が”supporting”と表現されてきた例に一致します。そしてPM2(pathogenic moderate 2)と表されるsupporting levelに一致するところもあります。本例にみられるHNF1b変異体はHNF1B-related disease としてはde novo variantに一致すると思われます。本例に当てはまるACMC-AMPcodesはPVS1/strong level、PS4/moderate level 、PP4, PM2, PS2/supporting levelといえます。即ち、彼は強病原性変異を1つ、中等度病原性変異を1つ、可能性のある病原性変異が3つあるといえます。そしてこの組み合わせはHNF1B-related diseaseの診断が分子学的にもRCAD spectrum disorderに一致すると言えます。

 <DISCUSSION OF MANAGEMENT> 遺伝子検査結果が明らかとなった後に本例はM.G.H.の遺伝子関連糖尿病専門クリニックで糖尿病の治療を受けます。本例は発症当初1型糖尿病を疑われましたがGAD65, IA-2, insulin autoantibodyが陰性、血清C peptideが測定可能であり、自己免疫の家族歴もないとこらが合致しませんでした。本例の当初にみられる病像はMODYに合致します。本例の臨床像はMODY全体の5%以下とされるHNF1B関連MODYに合致します。最もよく見られるMODY subtype(GCK, HNF1A, HNF4Aに関連する)に比してHNF1B関連MODY(これまでMODY5と知られてきました)は以下のような病像を有します、即ち腎の形態異常、糖尿病が診断された時点で慢性腎疾患を有している、糖尿病発症年齢が多様であること、糖尿病の強い家族歴を認めないこと、膵外分泌障害、インスリン感受性の低下などです。当初インスリンなしで血糖コントロール可能な症例もありますが、HNF1B関連MODYの大多数はインスリン治療が必要となります。本例が4年前に糖尿病が診断された時にはHbA1c9.0%、血性C peptide値1.9ng/mlでした。血清C peptideが検出されるということは本例が非インスリン治療可能であることを意味しました。本例はインスリン量をしばしば間違うと言うのでbasal-bolus insulin therapyを選択しました。本例は更に RCAD spectrum disorderを合併するHNF1B関連MODYとして糖尿病以外の病像評価がされました。膵外分泌障害については便中elastase testが正常でした。消化器内科で肝胆道障害についてフォローアップされました。多くの症例では肝障害は無症候です。外陰部障害を伴うことがあるので、生殖能についてもカウンセリングを受けました。遺伝子カウンセリングも受けています。彼が家系で最初の発症者である可能性もありますが、RCAD spectrum disorderを合併するHNF1B関連MODY症例の遺伝には同一家族内で不完全浸透することもあります。腎クリニックでは腎障害の進行について高血圧、タンパク尿、腎機能についてフォローアップされています。尿細管症に関連して低Mg血症、高尿酸血症についてもフォローアップされています。

 Hepatocyte nuclear factor 1β(HNF1B)をエンコードする遺伝子異常が肝、腎、膵、脳、関節、副甲状腺、生殖器といった多臓器に異常をきたす疾患の原因となり、臨床像(表現型)は多様である。比較的若年発症の糖尿病、腎嚢胞、慢性腎障害などを有する症例はこの遺伝子異常を考慮するに値する。という大変ショッキング、かつ難解な病因・病態生理に関連するcase record・症例報告でした。機能的、形態的な異常のほとんどが遺伝子異常で説明されてしまうのもそう遠くないのではないかと、勝手に感心させられています。

<伊東ベテランズ 川合からの報告です>