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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case44

2023.12.12

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 12.12.2023

Case 37-2023: A 29-Year-Old Man with Sickle Cell Disease and Right Hip Pain 12.12.2023

 29歳のsickle cell diseaseを有する男性が右股関節痛を主訴にM.G.H.に入院となりました。患者さんは幼少時にsickle cell diseaseの診断を受けています。同病に合併する血管閉塞症に伴う高度の疼痛を理由に年に3・4回の入院をくり返しています。彼は更に骨頭壊死により3年前に両側の股関節形成術を受けています。7日前、箱を抱えて数段の階段を上った後の翌日に下背部、股関節、下肢の疼痛を訴えてM.G.H.に来院されました。彼は入院となり画像診断を受けます。胸部単純写真は正面、側面ともに特記すべき異常を認めません。中部胸椎の椎骨の上面・下面の圧排所見を認めました。腰椎の正面、側面像写真で見ますと複数の椎骨おいて上下面で圧排を認め、更に広い範囲で骨硬化像を認めます。これらはsick cell diseaseに関連する骨病変に合致する所見です。骨盤の正面像では股関節形成後の所見がみられて、以前と著変ありません。有痛性血管閉塞症の診断がされて補液とhydromorphoneの投与が開始されました。激しい運動による骨格痛が疼痛に関与していると考えられました。疼痛は徐々に改善して第5病日に自宅に退院となりました。退院後1日、今回入院の2日前に安静時の右側股関節痛が出現して、ibuprofen, acetaminophenによる治療は効なく、患者は歩行不能となりました。M.G.H.の救急外来を受診されました。患者曰はく、右股関節痛はこれまで経験した血管閉塞痛と性質が異なります。更に以前に経験した血管閉塞性疼痛に似た胸膜性胸痛を訴えました。自宅での体温は37.8℃でした。この半年間に血管閉塞イベントは発症頻度も程度も悪化しています。4~8日間の入院が3回あり、一度はacute chest syndromeで入院しています。血管閉塞イベントに関連する疼痛は胸部、上肢、大腿に認められました。自己血輸血が股関節形成術前にされており、他に4回の輸血歴があります。他の既往歴としては耳鳴り、両側高周波域で感覚神経性の難聴、胆石があります。内服薬はvoxelotor, folic acid,そして acetaminophen, ibuprofen, hydromorphoneが疼痛に対して頓用されました。アレルギー歴はありません。Bostonの郊外に暮らして職業は技術職です。West Africaに1年前、South Asiaに3週間前に旅行しています。機会飲酒、喫煙歴はありません。違法薬使用経験なし。両親と兄弟がsick cell traitです。診察すると体温は35.7℃、血圧121/56、心拍は67、呼吸数は18、SpO2は98%です。BMIは21.6。右股関節に圧痛を認めましたが変形はありません。瘢痕があり、発赤ありません。右股関節は可動性フルです。しかしわずかな違和感を伴います。log-roll testは中等度の不快を認めます。他、身体所見に異常は認めません。血中電解質、血糖値は正常、肝機能、腎機能も正常です。末梢血白血球数は15680(4500-11000), Hb7.5, Plt581000。血清CRP100.6mg/l(<8.0)、血沈113/h。influenza A,B viruses, RS virus, SARS-COV-2 virusesに対するPCR検査は陰性。患者はM.G.H.に入院となりました。胸部、股関節、骨盤の単純写真では7日前のそれらと著変なし。診断的検査が実施されました。

<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS>  M.G.H.内科のSharl S. Azar先生の解説です。Sick cell diseaseは致命的な遺伝性血液疾患で、アメリカだけで100000人が存在します。特徴はほとんどの症例が急性有痛性血管閉塞イベントにより医療機関を受診することです。この疼痛がsickle cell diseaseで最も有名ですがほとんどの多臓器に異常をきたします。そして疼痛がしばしば合併症の前駆症状として出現します。患者さんの訴えが合併症を伴わない急性有痛性血管閉塞イベントによるものか、或いはsickle cell diseaseの合併症によるものなのかを明らかにする必要があります。

UNCOMPLICATED PAINFUL VASO-OCCLUSIVE EVENT  sickle cell disease患者の疼痛を評価するときに最初に考えることは疼痛が合併症のない急性有痛性血管閉塞イベントであるか否かです。このイベントはほとんどが19歳から39歳までに発症します。そして環境・精神・身体的要因などのストレスにより誘発されます。しばしば疼痛の原因部位は同定できません。本例は今回入院前に7日間だけ急性有痛性血管閉塞イベントとして入院しています。このことからは前イベントが十分に治療を受けずに持続している、或いは再発した可能性を否定できません。今回入院時に患者は胸痛については前イベント同様であるが、股関節痛についてはこれまでと異なると訴えました。疼痛は急性有痛性血管閉塞イベントによる可能性は否定できませんが、広く鑑別診断を考察する必要があります。

ACUTE CHEST SYNDROME acute chest syndrome・急性胸部症候群の可能性はないでしょうか。sickle cell disease患者におけるacute chest syndromeの生涯での合併頻度は30-50%とされ、2番目に多い入院理由であり、最多な死亡原因に数えられます。臨床的に胸部異常影を有し、呼吸器症状、発熱を伴うsickle cell disease患者については、肺炎、血栓や脂肪塞栓による梗塞、骨髄梗塞を考慮する必要があります。そしてacute chest syndromeが急性有痛性血管閉塞イベントに合併して発症することがあり得ることを承知し置く必要があり、しばしば患者はこれまでの痛みと異なると訴えます。acute chest syndromeがしばしば致命的となり、疼痛がこれまでと異なる時にはその可能性を考慮することが重要と思われます。本例では白血球増多症はありますが、胸部画像診断に異常なく、疼痛は股関節、骨盤に限局しています。更に呼吸状態は安定しており、酸素投与も必要なく、acute chest syndromeとは異なるようです。                                                                

OSTEONECROSIS 本例の疼痛が局所的であることからはsickle cell diseaseの合併症として骨壊死が潜在性に進行していた可能性があります。sickle cell diseaseはビタミンD欠乏と早期骨粗鬆症を合併することがありますが、ガイドラインにはこれらに対するスクリーニングは触れられていません。骨壊死は骨柱や骨髄の梗塞により発症して局所的疼痛を来しますが、急性有痛性血管閉塞イベントに伴う全身的な疼痛ほど速やかに軽快することはありません。sickle cell disease症例にみられる骨壊死の生涯発生率は30-50%といわれ、再発例、無治療例では骨折、関節崩壊、骨・骨髄炎を合併する可能性があります。高齢、男性、BMI高値、白血球減少症、繰り返す急性有痛性血管閉塞イベント、acute chest syndromeの既往、α-thalacemiaに合併するhemoglobin SS症などがリスクとなります。本例は骨壊死による股関節置換術の既往があり、多くの既往歴や背景が再発性骨壊死の可能性に合致します。

OSTEOMYELITIS 骨壊死は骨・骨髄炎の前駆病変となる可能性があります。本例には来院までに軽度の発熱があり、骨関連感染症を考慮する必要性があります。sickle cell disease症例においては繰り返す脾梗塞による脾低形成、機能的無脾症をきたす可能性があります。結果としてsickle cell disease症例はencapsulated organismsへの易感染性を有することになります。更にsickle cell disease症例にみられるIgG, IgM抗体反応の不適、alternative complement pathwayの欠損、循環CD4+, CD8+細胞の減少、regulatory T cellの異所性活性化、これら全ての要因が感染症について発症率も死亡率も高めることになります。sickle cell disease症例における骨・骨髄炎の合併率は12%とされて、起因菌はsalmonella species, staphylococcus aureus, gram-negative enteric bacilliによることが多いとされています。骨・骨髄炎と急性有痛性血管閉塞イベントを鑑別することは、訴えが類似しており難しいとされます。本例においては当初の画像診断では骨・骨髄炎を示唆する所見は無しとされましたが、単純写真は初期の骨・骨髄炎を確認するのに感度、特異度ともに低いといわざるを得ません。診断にはMRI検査が有用です、何故なら骨髄浮腫、軟部組織液体貯留、皮質骨洞といった初期病理像を描出可能だからです。本例においては疼痛の局在、自宅での微熱、検査での炎症マーカー高値などは骨・骨髄炎、或は骨壊死の可能性を示唆しています。ERにおいては無熱でしたが、自宅での発熱を考慮して血培がされました。sickle cell diseaseにおける骨・骨髄炎の多くが原因菌の血行性播種によるので血培が確定診断にも有用となります。

<DIAGNOSTIC TESTING> 48時間の培養で血培からcurved gram-negative rodが検出されました。形態的にはcampylobacter, helicobacter, vibrio speciesが考えられました。結局、原因菌はCampylobacter fetusと同定可能でした。C. fetusは菌血症を来す時は多くは播種性であり、検査室で当菌が同定される場合68%が血培からであったと報告されています。

<ADDITIOINAL IMAGING>骨盤MRI検査では(股関節置換術によるアーティファクトはありましたが)、仙腸関節に接する仙骨に骨髄浮腫が明らかでした。仙腸骨関節には少量の関節液を認めました。これら関節所見は骨髄梗塞、或は骨・骨髄炎を示唆します。関節液の存在からは敗血症性仙腸関節炎が示唆されました。

<DISCUSSION OF MANAGEMENT>C. fetusは羊、山羊の消化管に存在して汚染水・食物により人に伝染します。人の腸炎原因菌としては稀ながら、campylobacter属の中で最も菌血症、播種性感染症を来します。則ち細菌性心内膜炎、心外膜炎、骨・骨髄炎、椎間板炎、蜂窩織炎、他の内臓感染症です。播種性病変は基本的に免疫不全状態に合併します。当初は抗菌薬としてmeropenemが選択されて菌血症は直ちに消失してエコー検査では心内膜炎は否定されました。これまでと異なるという股関節痛、白血球増多症、炎症マーカーの高値、画像診断所見からは敗血症性仙腸骨関節炎を伴うC. fetusによる右仙骨領域の骨・骨髄炎が示唆されます。osteomyelitisとosteonecrosisを鑑別するため、そして敗血症性関節炎を明らかにするためには骨生検と病理組織所見と培養のための仙腸関節の吸引が必要です。しかし本例では抗菌薬が既に投与されており、組織診断なしに当初carbapenemに引き続き経口ciprofloxacinによる6週間の抗菌化学療法がされました。最初の1か月のうちに再発血管閉塞性イベントにより入院しましたが、血培は陰性CRP値は顕著に低下していました。

<FOLLOW-UP IMAGING> 今回のエピソードの1か後のMRI検査所見では仙腸関節の腸骨側に骨髄浮腫を示唆する異常信号を認めました。仙腸関節の浸出液は消失していました。所見は無血管壊死或いは感染症による骨髄梗塞と仙腸骨の変性を示唆する所見です。

<LONGITUDINAL MANAGEMENT OF SICKLE CELL DISEASE> 本例は抗菌化学療法レジメンを完遂して再発兆候はありませんでした。しかしながら、急性有痛性血管閉塞イベントは頻度も病状も増悪傾向を認めて入院回数が増加しました。2年前には急性有痛性血管閉塞イベントによる入院回数が年間3回でありましたが、本年になると9か月で6回入院しています。データとして明らかにされていませんがsickle cell disease症例は入院頻度が増加するにつれて致死率も増加することが指摘されています。sickle cell diseaseの治療方法は限られていて、新たな治療法についての試みが開始されたのはこのわずか4年間です。同じく先天性慢性疾患であるcystic fibrosisやhemophiliaに比して立ち遅れている感は否めません。アメリカにおける発症率はcystic fibrosisよりも高いにも関わらず、sickle cell diseaseに関する研究結果はcystic fibrosisに関するものの1/3で、研究協賛企業は1/2、慈善的協賛は1/80であるのが現状です。hemophiliaについても政府からの援助基金がありますが、sickle cell diseaseについては同様の援助基金はないのが現状です。死亡率改善が明らかにされている唯一の薬剤はhydroxyureaです。本例においては思春期にhydroxyureaが投与されましたが、胎児ヘモグロビンの値の増加を認めなかったことを理由に別の医療機関において中止されました。治療オプションは限られており、本例ではhydroxyureaの増量による再開が予定されました。sickle cell disease症例の経過の中で、患者の多くが自身の痛みを理解してもらうことにもがいているのが現状と思われます。sickle cell diseaseについて集学的、包括的な医療システムが構築されることがクリティカルで、患者さんが安心でき信頼が得られる環境作りが必要です。このcase recordはsickle cell disease症例の痛みを充分に理解、評価することで正しい診断につながることの重要性を示していると思います。

 調べてみますとsickle cell disease鎌状赤血球症は、アフリカ人またはアフリカ系アメリカ人を祖先にもつ人にみられる疾病で、アメリカではこれら関係者の10%が鎌状赤血球形質をもっているとされます。鎌状赤血球は柔軟性に乏しく、毛細血管を通過することができないため、結果として毛細血管閉塞につながり、急性有痛性血管閉塞イベントを発症するのだそうです。田中先生からも教えていただきましたが、解説中にも触れられているように、アメリカの社会的背景の中で難しい問題を抱える疾患のようです。勉強になりました。

<伊東ベテランズ 川合からの報告です>