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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case15

2023.5.2

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 13-2023

A 25-Year-Old Woman with Abdominal Pain and Jerking Movements 02.05.2023

 急性間欠性ポルフィリアの診断歴のある25歳の女性が腹痛、右上下肢の不随運動を主訴としてM.G.H.に入院となりました。2日前に腹痛、吐気で発症して混乱、動揺を伴い、胸部に皮疹が出現しました。1日前にはjerking movement・震えが右上下肢に出現して痙攣となるのではと心配して他院を受診します。他院で患者は症状が急性間欠性ポルフィリアの再燃と一緒だと訴えます。受診5分くらい前から手足の震えが出現して顎関節脱臼を起こしました。胸部の皮疹は有痛性になったといいます。診察すると患者は不快そうで、神経・精神的には正常でした。顎は左に偏位して、腹部全体に圧痛を認めました。morphine ,diphenhydramine, ondansetronが投与さました。ブドウ糖液が点滴されて顎は用手整復されました。他院に入院となりましたが腹痛と皮疹は悪化して特効薬のhemin投与のためんにM.G.H.に転送されました。当院で患者は痙攣を発症すること、hemin投与が遅れて死ぬのではないかと心配します。本人から病歴聴取しますと肥満、不安症、急性間欠性ポルフィリアによる慢性疼痛があります。急性間欠性ポルフィリアは13年前に腹痛、右手足のjerking movement・震え、有痛性皮疹が初潮時に出現して発症したそうです。以後毎年1・2回の再燃があり、この半年間再発していないとのことです。最初のhemin投与の際に副反応により気管内挿管を必要としたそうです。2回目のhemin投与の際にはmethylpredonisoloneの投与と事前挿管がされたそうで、暑さ、ストレス、生理が再燃のきっかけになるそうです。投薬は経静脈的なdiphenhydramineとブドウ糖液で前胸部に増設されたポートからされています。これまでにポートから連日morphineが投与されてきましたが、約3か月、イギリスから搬送できずに中止しています。NSAIDsとpenicillinでアナフィラキシーを起こしています。prochlorperazineでflushing、metoclopramideで不安、fentanylで情動変容を来しています。New England生まれで15年前にイギリスに移っています。イギリスの大学院で学んでいて家族に会うためにNew Englandに戻ります。

 飲酒せず、違法薬の使用歴なく、タバコは吸いません。母親に認知症があり父親は何年も前に原因不明ですが亡くなっています。祖母が急性間欠性ポルフィリアで、近い親族は遺伝子検査を受けていて、兄が無症候性キャリア、他6人の兄弟はキャリアではありません。バイタルサインに特記事項なく、顔貌は年齢以上に見えます。彼女はイライラしていてpressured speechを認めました。ポートが前胸部にあって、腹部は全体に圧痛があり、右上腹部に最強です。手、前胸部に発赤皮疹と擦過傷を認めます。神経学的に特記事項ありません。検査結果では電解質、肝機能、腎機能は正常。末梢血Hb10.6(12.0-), plate120000(150000-), porphobilinogen(PBG), porphyrin値検査のために採取された尿量は足りませんでした。経口acetaminophen、経静脈的にmorphine, diphenhydramine, lorazepam, ondansetronが投与されました。heminとブドウ糖液の投与が開始され入院となりました。入院して2日間heminとブドウ糖液が投与されましたが症状は改善しません。追加採取された尿中のPBG, uroporphyrin値は正常でした。第3病日に手足の震えが悪化して顎関節脱臼が起こったと訴えがあり、顎は左に偏位しており、外科的に整復されました。

 M.G.H.内科のSimmons先生の解説です。本例は腹痛の鑑別診断としていつも考える、しかし一度も経験のない稀な疾患・ポルフィリアの急性増悪と自身で説明して来院されました。すぐにhemin投与を受けないと痙攣或いは死が迫ると訴えます。近い親類に急性間欠性ポルフィリアの遺伝子異常がいわれていますが、彼女自身、両親の遺伝子結果は明らかでありません。しかも、この難しい病態が2つの国で治療されています。すぐに急性間欠性ポルフィリアの病状に注目することになります。しかし、いくつかの点で彼女の病状はこの診断に合致しません。即ち皮疹は他のポルフィリアにみられても、急性間欠性ポルフィリアには典型的でありません。標準治療のhemin、ブドウ糖液の投与は無効です。稀な疾患が診断されている既往があった場合には、この診断の正否から考えることにしています。という訳で以下の順に考察しました。

  1. FLARE OF ACUTE INTERMITTENT PORPHIRIA
  2. INTRAABDOMINAL INFLAMMATION OR INFECTION
  3. MEDICATION OR TOXIN
  4. FACTITIOUS DISORDER

1)無治療の急性間欠性ポルフィリアは重篤な後遺症、或いは死を招く可能性があります。

本例にはこの診断についていくつかの疑問点があります。私はポルフィリアに詳しい専門家に二つを問いたいと思います。一つ、本例のいうひどいhemin副反応はあり得るのか、そして二つ目、hemin投与1日経過してるとはいえ尿中PBG, uroporphirin値が正常であることをどう説明するのかと。2)3)については病歴より否定的でしょう。

4)FACTTIOUS DISORDER虚偽性障害・作為症。この時点で私は何れの病態も本例には当てはまらないと考え、代りに彼女の状態は虚偽性障害を示唆するものと思われました。虚偽性障害は詐病や偽りの症状によって特徴づけられる病状です。この病状は患者が複数の医療機関に関わっている場合や不自然な病歴、関係する家族や知人への関わりを拒否する場合、病状が標準治療に対して反応しない時などに疑われます。 

 腹痛と痙攣は虚偽性障害者にみられる最もcommonな訴えです。しばしば幼少時の病歴があり、或いは家族に病歴を認めます。3つの方法により診断が可能だろうと想像します。まずスタッフが患者の疑わしい行動を見つけることです、即ち、自分で顎を動かすとか、ポートをいじっているとか、検体をもって歩いているといった場面です。2番目としては家族、友人などに彼女の偽性を疑わせるような情報を確認することです。そして3番目には、電カル(電子)情報を共有reviewして意図的な病状・病因を疑わせるところが無いか確認することです。虚偽性障害の診断は電カル情報が役に立つことが文献的にも報告されています。健康に関わる電子情報は診断決定に強力なツールとなり、これら患者の不必要な治療をさけることにつながります。本例において私が考える診断的アプローチとしては病状、病歴についての詳細な質問と関係する医療情報を入手することです。

  EVARUATION FOR ACUTE HEPATIC PORPHYRIA

 血清porphyrin高値は非特異的であり、尿中PBG値高値と併せて診断することが必要です。確定診断には続いて尿中aminolevulinic acidや血漿と便中porphyrin分析が必要です。そして遺伝子検査です。ただし、遺伝子検査は病状の活動性、潜在性を鑑別できないことに注意が必要です。急性間欠性ポルフィリアの場合1度のhemin投与で尿中PBGは通常正常化しません。

  HOSPITAL COURCE 第4病日までheminが投与されましたが病状は改善しません。

以前に対応されたとするイギリスの血液クリニックに電話連絡できましたが本例の姓名は確認できませんでした。しかし、アメリカのいくつかの病院から同様の問い合わせがあり、

姓名はすべて異なるも、生年月日だけ一致しているとの報告を受けました。

EVALUATION FOR FACTITIOUS DISORDER

  Deception syndromeという言葉は虚偽性障害や仮病を使うといった行為が含まれます?。このdeception syndromeはいろんな場合に連想させられ、即ち患者さんの臨床経過に疑わしい結果が生じたとき、異なる複数の情報が得られたとき、直接に観察されなくても意図的・虚偽的が疑われる病状が認められた場合です。本例おいては経時的に一致しない患者情報と併せて理解不能な患者の訴えから、検査結果が明らかになる前からケアチームには患者の偽りの可能性が疑われました。更に彼女が自身を知る家族や知人の存在を明らかにしないとか、関連情報を教えないことが疑わしさを増しています。虚偽性障害とは他の病態が除外されたうえでの診断となり、正確な診断は稀です。複数の研究で罹病率は1%とされ、女性患者、health care worker、トラウマ、心因的病状の既往歴を持つ人に多いとされます。Deception/虚偽性は新たに症状が出現したり、大げさになったりしますが、その中には薬を使用してであったり、検査や医療情報を偽ったり、意図的に治療を中断して病的症状を悪化させるといったことが含まれます。Factitious disorderやmalingering では意図的、或いは目的を持った虚偽がキーとなる兆候で、この点で類似疾患:妄想障害、conversion disorder転換障害、somatic symptom disorder、borderline personality disorder境界領域性格障害などと鑑別ができます。診断には病状に虚偽があることの証明が必要で、それには虚偽を直接目にすること、臨床情報の不一致・不自然が明らかにされること、検査結果や医療情報を保持して歩いているところを発見されること、患者と向き合うことなどが求められます。Deception syndromeが疑わしい場合には1対1対座での観察を繰り返すことが勧められ、併せて追加情報、薬情報、保険記録などの詳細な検証が必要です。それらの情報・記録には虚偽が明らかになることのみならず、複数の医療機関を利用している事実(時には複数の国をまたいで)や偽個人情、過去の経歴のでっち上げまで判る可能性があります。

 取り締まられている薬物を手に入れる、shelterを確保する、お金を手に入れるとか仕事、責任、刑事訴追から逃れるなどの具体的利益があることがmalingering/仮病を意味することになります。明らかな利益が無い場合に、偽りの症状が注目を得たいがため、或いは病状を大げさに訴えたい場合にはfactitious disorder虚偽性障害を意味することになります。虚偽性障害の患者は実質的なトラウマを有することが多く、即ちそれらは家族の死亡、消失といった幼少期のトラウマ、性的トラウマ、ニグレクト、放棄といった愛情障害といったものです。早期のトラウマをスクリーングすることは重要ですが、それを証明することは厄介です:というのも患者はカウンセリング精神科医との信頼関係を得ようとしませんし、これら情報を話したがりません。primary gain病状を大げさにすることとsecondary gain具体的な利益を得ることの鑑別は病院の中という場では難しく、患者は自分の行為に理由を吐露しようとしませんし、明らかになった偽り行為を認めようとしない傾向があります。factitious disorder虚偽性障害者の77%は客観的証拠から明らかな詐病も認めようとせず、そしてほとんどはそのような情報提供者から離れようとすると報告されています。

虚偽性障害の治療的オプションの一つとして措置入院による拘束も考えられます。薬物的介入や、グループ、個人カウンセリング、急な自傷行為を防ぐ意味での安全域の確保などが可能性のあるゴールとなります。患者はおうおうにして入院治療を拒みます、措置拘束については患者の自傷行為を防ぐために主に考慮されます。

特にトラウマ歴を有する患者においては精神科的治療が重要ですが、60%はフォローアップを拒否すると報告されています。推奨される特異的な薬物的な介入はありません、やる気のある患者には個人的治療が意味があるとされます。結局、予後は不良で死亡率は高く、詐病による、或いは無意味な投薬・外科的介入による死亡が原因となります。

 FOLLOW UP

 本例に関してはmedicine, hematology, psychiatry serviceといった集学的なチームによる検討がなされました。そしてイギリスの血液クリニックからの情報を本人に説明しました。本例は投薬無しで退院されました。退院された同日に関連病院に別な姓名、生年月日を名乗る女性がバイク事故での足関節脱臼で治療を受け、同患者が別の日に急性間欠性ポルフィリアとhemin副反応の既往を訴えて受診・入院することになりました。血液内科の医師が気付き当院で撮影された顎関節脱臼整復後の写真を本人に開示することになりました。その後数か月の間に当院とNEW ENGLANDの関連病院に5回の同一人物が現れていることが明らかになり、また中部アメリカの2病院から類似症例の関連情報の問い合わせがあったとのことでした・・・・・・・。

 今回のCASE RECORDSは日本語訳することが大変厄介な仕事でした。何しろfactitious disorder, deception syndrome, 更にmalingeringとか日常臨床で接することの比較的少ない名詞が並びますし、更にそれらの病態・本質についての解説は精神的・人間的・社会的な

 複雑な背景が隠されていて理解がなかなか”challenging”です。仮病/英語でGoogle検索すれば真っ先に出てくるfeigned illness のfeignという英語は一度も出てこないんですね。

 やっぱり仮病は病状・病態とはちょっと違ったニュアンス。FACTITIOUS DISORDERの解説についてはそのまま全訳する形になってしまい、結構なボリュームです。でも、こうやって日本語でまとめてみると、我々のキャリアの中でもたびたび悩まされてきた難しい病状?・病態??で、考え方がうまく整理できたかなと興味深く感じています。Munchausen syndromeの話題もでて朝の抄読会は大いに盛り上がりました。今回も大変勉強になりました。

  <伊東ベテランズ 川合からの報告です>