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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case18

2023.5.23

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 15-2023

 A 33-Year-Old Man with Paresthesia of the Arms and Legs 23.05.2023

 33歳の男性が進行性の感覚障害を主訴にM.G.H.の救急外来を受診されました。8週間前に両側爪先に“針で刺されるような”しびれが出現して数日で足に広がりました。2週間前からは感覚異常が両手指先端に発症して数日で前腕まで広がりました。1週前にかかりつけ医の診察を受けてバイタルサインに問題なく、BMIは25.9、足先に表在知覚とpinprickの感覚消失を認めました。human immunodeficiency virus(HIV), hepatitis B/C, Lymediseaseのスクリーニング検査は陰性で、血清葉酸値は20ng/ml<(4.6<)、同ビタミンB12値は235pg/ml(232<)。anti-myelin-associated glycoprotein antibodiesは陰性でした。MRI所見では大脳右前頭葉の半卵円中心、放線冠に最大径1.4cmまでの白質病変を認めました。造影効果を認めません。紹介された神経内科受診を待つ間の1週間前に、感覚異常は大腿、体幹にまで及ぶようになり、かかりつけ医の忠告で救急外来を再診されました。話では感覚異常は悪化して手の器用さが失われている、ギターが弾けないといいます。筋力は保たれていて、膀胱直腸障害はありません。顔面には感覚異常を認めず、発音に問題ありません。息切れはありません。既往歴にうつ状態と外傷後の慢性膝・足関節痛があります。常用薬はbupropion, mirtazapineです。アレルギー歴なく、大学院生で複数のルームメートと暮らしています。女性とsexually activeです。1日1箱の喫煙歴が11年間ありましたが4年前に止めました。飲酒は何年も毎日3杯程飲みましたが、最近は週2・3回になりました。週3・4回cocaineを摂取して、亜酸化窒素を週1回吸入します。10週間前にNew Englandの田舎でキャンプしてLSDとketamineを使用しました。家族歴に糖尿病と胃癌があります。診察すると意識、バイタルサインに問題ありません。会話は正常、脳神経、筋力・トーヌスに問題ありません。下肢ではpincrickと温覚の低下を認めてつま先から、近位側は股関節部から側腹部まで拡がります。腹前面と背部は保たれていました。上肢では同感覚異常が指先から肩までに見られました。感覚低下はつま先と指先で最も顕著です。腱反射は上肢で2+、下肢で消失していました。振動覚と位置覚の低下を大腿以下に認めました。指鼻試験は開眼で可能、閉眼で不能でした。歩行は不安定、Romberg test陽性でした。

 M.G.H.内科のSchmitt先生の解説です。まとめると複数の薬物に暴露歴のある33歳の男性が対称性、進行性の感覚障害をこの8週間に認めて、歩行、手の失調を合併しています。神経学的な障害といえますが、まず、解剖学的な責任部位から考察します。

 LOCALIZATION

 画像診断・MRI所見で大脳の白質病変を認めましたが神経所見に一致しません。神経所見としては純粋な感覚障害で上下肢の抹消から始まり近位側に進展しています。左右差なく、末梢神経、脊髄、或いは両者の障害といえます。上肢に深部腱反射が保たれていることからは抹消神経症よりは脊髄症に一致します。筋力が保たれていることを併せると脊髄後索が病変部位となります。下肢では腱反射が消失していることを併せると抹消神経症害も合併しているといえます。

 INFECTION

 脊髄病変を呈する感染症を考えるとLyme disease, poliovirus,enterovirus infection, varicela zoster virus(VZV), herpes zostervirus(HSV), HIV infectionが脊髄症をきたしますが、局在が後索ではありません。他に全身症状も伴います。syphilisでは3期に脊髄後索病変を来します“tabes dorsalis”。発症期間が異なり、他に全身症状を認めます。

 MECHANICAL DISRUPTION

 腫瘤の圧排、脊柱管の狭窄、ディスク病変が脊髄症を呈しますが局在も経過も異なります。

 INFLAMMATORY DEMYELINATING POLYNEUROPATHY

 acute inflammatory demyelinating polyneuropathy(AIDP)とchronic  inflammatory demyelinating polyneuropathy(CIDP)が脊髄症を呈しますが、運動神経障害を伴いますし、経過も異なります。variant CIDPには感覚障害のみの症例が報告されていますが、やはり経過が異なりますし、anti-myelin-associated glycoprotein antibodiesは陰性でした。Shogren’s synd.,Bechet’s synd., Sarcoidosisも脊髄症を伴いますが、他に全身症状を合併します。

  MULTIPLE SCLEROSIS(MS) AND OTHER AUTOIMMUNE DISEASE

 MSにはrelapsing-remitting formとprimary progressive formがありますが両者ともに本例とは経過が異なります。症状は非対称性に現れ、運動異常を伴いますし、末梢神経障害を認めません。systemic lupus erythematousやsystemic sclerosisも脊髄症を合併しますが、他に全身症状を伴います。 

  CANCER

 paraneoplastic subacute sensory neuropathyが癌発症前に出現することがありますが、通常有痛性です。好発年齢も異なります。

  TOXIC METABOLIC PROCESS

 本例は神経症を来すいくつかの薬物暴露歴があります。アルコールは末梢神経障害を来しますが、本例では予想される摂取量も比較的少ないし、経過も早すぎます。cocaineは脳梗塞/神経梗塞を来し、本例の大脳白質病変を説明するかもしれませんが、通常は末梢神経障害、脊髄症を合併しません。ビタミンB12欠乏症にみられる神経障害は本例の症状を説明します。(活性化)ビタミンB12は酵素として(補酵素・尿酸のもとで)methylmalonyl coenzyme Aのsuccinyl coenzyme Aへの変換、homocysteineのmethionineへの変換に関する代謝に必須です。nitrous oxideは酵素としての活性化ビタミンB12(単価ビタミンB12)を不活化ビタミンB12(2価ビタミンB12)に変換する作用があり、代謝経路を障害する訳です。methyonineは感覚神経のミエリン形成とその維持に関わっています。更に代謝障害の結果増量したmethylmalonic acidは神経毒性に働きます。銅欠乏(亜鉛中毒)も同代謝経路に影響して神経障害を来します。本例はnitrous oxide (”loughing gas”, “whippets”とも呼ばれています)による機能性ビタミンB12障害が強く疑われます。

 IMAGING STUDIES

 頸部・胸部脊髄のMRI画像が撮られて後索の異常信号が明らかとなりました(T2強調横断像で特徴的な像”inverted V-pattern”を認めました)。

 LABOLATORY TESTING

 血中の銅、亜鉛の値は正常、T. pallidum 抗体はIgG, IgMともに陰性、methylmalonic acid,homocysteine値は何れも著高値でした。

 DISCUSSION OF NEUROLOGY MANAGEMENT

  1’st stepはnitrous oxide暴露を止めること、2’nd stepはビタミンB12を投与・補充することです。機能性ビタミンB12障害は進行すると無気力、記憶障害、人格変化、情動変容、幻覚、幻聴などの精神症状も出現します。本例にも入院治療中にうつ状態が出現して自殺念慮、無動傾向を認め、精神科病棟でのケアを必要としました。3か月後のフォローアップではこれら精神症状は消失しましたが、神経障害は改善傾向にあるものの尚残存しているそうです。

 今回の症例は笑気ガス・nitrous oxideの使用による機能性ビタミンB12障害、結果としての脊髄後索と末梢神経障害でした。さすが神経内科専門医の築地先生はcase presentationを読んで、見事に神経障害と原因について推定・解説して下さいました。笑気ガス・nitrous oxideが関与することは、我々にとってはちょっと“オタッキー”な領域です。慎重な病歴聴取、身体診察、そして解説の通りの思考プロセスをもってすれば、我々“総合内科医”でもfinal diagnosisまでたどり着けるかしら?と期待させます。

        <伊東ベテランズ 川合からの報告です>