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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case24

2023.7.4

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 20-2023

A 52-Year-Old Man with a Solitary Fibrous Tumor and Hypoglycemia 04.07.2023

 転移性腫瘍(solitary fibrous tumor)を合併した52歳男性が繰り返す低血糖を主訴にM.G.H.に入院となりました。1.5年前に交通事故の後に下腹部と左下肢痛、排尿障害が出現して他院を受診しました。MRI検査所見で骨盤内に径14cmの腫瘍を認めて生検組織所見でsolitary fibrous tumorと診断されてM.G.H.の腫瘍科に紹介されました。3か月間の化学療法と照射の後に一部膀胱を合併して切除されて尿管ステントが留置されました。切除標本の病理組織学的所見でspindle-cell sarcomaと診断されて腫瘍細胞内にSTAT6, CD34の発現を認めました。左肺に確認されていた9mmの転移性病変に対してstereotactic radiationが追加されました。結局、その後の12か月間に肺、胸郭、膀胱、右下肢に転移が進行性に出現しました。複数レジメンによる化学療法と下肢の疼痛に対症療法として照射がされました。経過中に好中球減少性の発熱で入院があったりしましたが、意識障害等が出現して繰り返す、不応性の低血糖を認め、M.G.H.に入院となりました。review of systemとしては顕著な倦怠、腫瘍関連の背部、肩、右下肢の疼痛、右足の感覚鈍麻があり、尿閉に対して2か月前より膀胱カテーテルが留置されています。この4か月間に胸部鈍痛と間欠的な呼吸困難があり、便秘を認めます。食思不振、体重減少、発熱、悪寒、起坐呼吸右、血痰、光視症、眩暈、動悸、失神、嘔吐・吐気を認めません。既往歴に輸血を必要とした貧血、2型糖尿病(半年前からmetforminを中止)、高血圧、大腸ポリープ・腺腫、腎膿疱、骨関節炎、慢性下背部痛、うつ病があります。虫垂切除歴あります。服薬としてはgabapentin, cyanocobalamin, tamsulosin, finasteride, acetaminophen, clonazepam, melatonin, polyethylene glycol, oxycodoneそして経皮的fentanylです。Insulin使用歴はありません。

 薬物アレルギーはありません。交通事故までは労働者として働き、飲酒はビール週6本、喫煙は日1パック、何れも1年前に止めています。家族歴として父親に悪性黒色腫、兄妹に甲状腺癌、母方祖母に卵巣癌、母方叔母に白血病、父方叔父に肉腫を認めます。母親は高血圧と脂質異常症、兄弟に糖尿病があります。身体所見ではバイタル正常、多発する腫瘤と圧痛があり、右前胸部にポート増設、腹部術創を認めます。照射部に発赤があり、膀胱カテが留置されています。下腿に浮腫があります。単純写真とCT検査所見で両肺に無数の転移性病変が明らかです。肝、副腎、膵臓に転移を認めませんでした。心電図に特記すべきことなく、検査所見では、末梢血Hb7.4, Ht23.6, Na139, K3.8, Ca9.0, P3.8。血清のinsulin<0.2(2.6<), C-peptide<0.1(1.1<), β-hydroxybutyrate<0.1(<0.4), Cortisol13.5(5.0-25.0)でした。

 M.G.H.内科のSoumerai先生の解説です。手術、照射、複数化学療法にもかかわらず進行性に全身転移している肉腫と繰り返す不応性低血糖について鑑別します。

 SOFT-TISSUE SARCOMA 鑑別診断を進めるうえでまず成人における軟部組織肉腫、特にsolitary fibrous tumor について考えてみたいと思います。肉腫全体で考えると、成人では四肢に高頻度にみられて、胸腔、腹部と続きます。成人においてはliposarcomaが最も多く, leiomyosarcoma, undifferentiated pleomorphic sarcoma, gastrointestinal stromal tumorの順です。

  SOLITARY FIBROUS TUMOR  は相当に稀な腫瘍で、成人における軟部組織肉腫のうちで3.7%、10万人当たり0.35人の発生頻度と報告されています。原発病変は胸膜から30%、腹部から30%、頭頚部20%、他20%と集計されています。遺伝子変異が明らかとなっており12番染色体長腕にNAB2、STAT6として異常が報告されています。臨床的には潜在性の増殖から高度進行性のものまでさまざまです。進行した悪性腫瘍の患者さんに難治性低血糖が見られた場合には、腫瘍関連の原因としてはinsulin-secreting tumor, glucose consumption by the tumor, side effect of therapyが,腫瘍関連でないとすると surreptitious insulin use, sepsisといった病態が考慮されます。

  SURREPTITIOUS INSULIN USE OR SEPSIS 本例では血清のinsulin, C-peptide, β-hydroxybutyrate値が測定されて何れも低値でした。臨床像、検査結果からはsepsisはそれらしくありません。

  INSULIN-SECRETING TUMOR インスリン産生腫瘍は血清insulin値が高値となるでしょう。

  GLUCOSE CONSUMPTIION BY THE TUMOR 腫瘍による糖消費過多による 低血糖は極めてまれな病態ですが、多くはspontaneous tumor lysis syndromeに合併して高K、高P血症や低Ca血症などの電解質異常を伴います。

  SIDE EFFECT OF THERAPY ステロイドによる副腎不全については刺激検査が本例では正常でした。 免疫チェックポイント阻害薬が抗インシュリン抗体を生成する可能性がありますが本例には使用歴がありません。

  PARANEOPLSTIC SYNDROME 傍腫瘍症候群というと小細胞癌に関連するLambert-Eaton syndromeなどが有名ですが、以外の腫瘍において比較的稀な病態です。solitary fibrous tumorでは先述した遺伝子異常NAB2-STAT6 fusionを来すことがあり、これがinsulin-like growth factorⅡ(IGF-Ⅱ) をencodeするIGF2を産生します。結果として体内に産生されるIGF-Ⅱがinsulin作用を有して低血糖を来します。Karl Walter Doege とRoy Pilling Potterが1930年に縦郭原発のfibro-sarcomaに合併した難治性低血糖を初めて報告しています(Doege KW. Fibro-sarcoma pf the mediastinum. Ann Surg 1930;92:955-60.)。以来IGF-Ⅱ産生腫瘍による難治性低血糖を Doege-Potter syndromeと呼ばれるようになりました。診断には血清IGF-Ⅱ値とIDF-Ⅱ/IGF-Ⅰ比を確認することが必要です。

CLINICAL IMPRESSION 本例に見られたinsulin低値と低血糖を伴う病態は限られていて、代謝異常として肝不全、腎不全、副腎不全、敗血症等が考慮され、先天性疾患として糖原病、脂肪酸・酸化異常症、ミトコンドリア病等が考えられます。後天性の原因としてはインスリンイ自己免疫症候群、IGF-Ⅰ、IDF-Ⅱの過剰産生等が考えられます。本例においては臨床像、検査結果からはDoege-Potter syndromeが疑われます。

DIAGNOSTIC TESTING 本例では血清IGF-Ⅱが354ng/ml(333-967)、同IGF-Ⅰが23ng/ml(50-317)でした。Doege-Potter syndromeではIGF-Ⅱがしばしば正常です。IGF-Ⅱ/IGF-Ⅰ比が重要とされ3:1で疑い、10:1以上で診断が確定的とされます。本例では15.4:1でした。診断はDoege-Potter syndromeとなりました。

DISCUSSION OF MANAGEMENT  Doege-Potter syndromeではIGF-Ⅱ前駆タンパクであるpro-IGF-Ⅱ(“ big IGF-Ⅱ”)が生物学的活性を有して低血糖を来します。治療は勿論IGF-Ⅱ産生腫瘍を手術/照射などでコントロールすることになります。そしていくつかの抗癌化学療法レジメンも実施されています。本例のように腫瘍コントロールが困難な場合にはステロイド、recombinant human growth hormone、somatostatin analogueなどの効果が報告されています。更にはIGF-Ⅱ阻害剤が開発されています。本例には2か月の多剤抗癌化学療法が実施されました効なく、緩和ケアに移行となり、ご家族に見守らて逝去されました。

 今回の症例は難治性低血糖症を合併した進行solitary fibrous tumor で、最終的にはDoege-Potter syndromeの診断となりました。このDoege-Potter syndromeは1,930年に初めて報告されましたが、IGF-Ⅱ産生腫瘍によるparaneoplastic syndromeとして、この30年間で多く報告されるようになっているようです。当院においても数件の経験(疑い症例も含め)があります。血清IgF-Ⅱ値が正常であることが必ずしも稀でなく、大事なのはIGF-Ⅱ/IGF-Ⅰ比を確認することなのだそうです。今回も大変勉強になりました。

      <伊東ベテランズ 川合からの報告です>