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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case29

2023.8.8

CLINICAL PROBLEM-SOLVING

A Race to the Finish 08.08.2023

 58歳の女性が1週間続く安静時胸膜痛を主訴に救急外来を受診されました。来院二週間前から倦怠感、脱力感、鼻閉、そして労作時呼吸困難が出現しました。そして上気道感染症の暫定診断によりazithromycinが投与されました。倦怠感、脱力感、鼻閉は消失しましたが、労作時呼吸困難は持続して、更に動悸、胸骨下の焼けるような痛みが出現しました(それは前かがみ、ibuprofenの内服で軽減しました)。彼女の既往歴には自己免疫性甲状腺機能低下症と30歳台に初発した慢性白血球減少症があります。当時の骨髄生検検査は正常、抗核抗体が1:1280で陽性(speckled pattern)でした。数年後にchronic dry eyeとdry mouthが出現しました。喫煙歴や違法薬の使用歴はなく、飲酒歴はワインを機会飲酒する程度です。常用薬はlevothyroxineとcyclosporine eye dropsです。家族歴には姉妹に関節リウマチが、父親に胸部大動脈瘤があります。

病歴からは心膜炎が強く疑われます。胸痛ですので急性冠症候群や肺動脈血栓症が懸念されますが臨床像が異なります。自己免疫性甲状腺機能低下症の既往、乾燥症候群の合併、抗核抗体陽性を考慮すると自己免疫異常としてsystemic lupus erythematosus(SLE)やシェーグレン症候群も考えられます。

身体所見に特記すべき異常を認めませんでした。胸部聴診上rubs, gallopを聴取せず、肺にcrackleを認めません。皮疹、関節の腫脹・疼痛・“こわばり”を認めません。神経学的にも異常ありませんでした。

pericardial friction rubは心膜炎に特徴的な所見ですが、感度は低く、所見を認めないからといって心膜炎を否定できません。

検査所見では末梢血白血球数1070(1920-7600)、好中球数240、リンパ球数は320(720-4100)でした。同Hb10.3, MCV81.3, 血小板数219000でした。troponinT値は24ng/l(0-9)、ピーク値44、D-dimerは3450ng/ml(<500)、ESRは60/h(0-30)、CRP53(0-3)、pro-BNPは正常でした。SARS-COV2, adenovirus, human metapneumovirus, rhinovirus, influenza virus, parainfluenza virusのPCR検査は何れも陰性でした。ECG所見ではⅡ、Ⅲ、aVF、V4-6でSTとPRの上昇、TTE所見では軽度の大動脈拡張を認めるも、弁・両室機能は正常、心嚢液を認めませんでした。CT-angiographyでは上行大動脈、骨盤動脈の紡錘状拡張、肺の一部膿疱状変化以外には特記すべき異常を認めません、血管炎所見を認めませんでした。冠動脈の石灰化像はなく、リンパ節腫大、脾腫を認めませんでした。

ECG所見、一般検査所見からは急性心筋心膜炎が疑われます。その原因として感染症、悪性腫瘍、炎症疾患は考えにくく、やはり自己免疫疾患が疑われます。

追加検査所見では、抗核抗体が1:1280倍、speckled patternで陽性、リウマチ因子は281(<13)、抗Ro52抗体が1684CU(0-20)、抗Ro60抗体が1549(0-20)でした。抗CCP抗体、抗RNP抗体、抗double strand DNA抗体、抗Smith抗体、cryoglobulinsは検出されませんでした。IgG4、C3、C4値は何れも正常でした。ferritin値は183(13-150)μg/ml鉄代謝は正常でした。 網状赤血球は0.4%(0.7-2.5)、血清免疫電気泳動検査ではIgA438(70-400)、IgG2897(700-1699)、呼吸機能検査は正常でした。

検査結果からはシェーグレン症候群が強く疑われます。外分泌腺以外の病変としては白血球減少症、リンパ球性間質性肺炎、心膜炎等があります。SLEや慢性関節リウマチを合併することも知られています。抗体系検査からSLEはそれらしくなく、慢性関節リウマチについては抗CCP抗体が陰性でした。

ibuprofen800mg 3x/dayの内服で症状は改善して2か月の期間で漸減されました。colchicineは好中球減少症を考慮して投与されませんでした。乾燥症状は加湿器、cyclosporine点眼液。人口涙で対応されました。それから2週間後に彼女は1週間の進行性の神経症状で救急外来を受診します。即ち嚥下障害、左半身の感覚異常(右側にも拡がります)です。神経学的検査所見でも異常は明らかで、脳、脊髄のMRI検査所見では脳の全域で傍脳室、皮質下白質、頚髄、胸髄に異常信号を認め。間脳、嘔吐中枢に異常信号を認めました。

病像は経時的に著変してゆきました。画像診断からはneuromyelitis optica spectrum disorderが疑われます。自己免疫性脱髄疾患でシェーグレン症候群の合併も考えられます。病変の局在からは多発性硬化症(multiple sclerosis MS)やacute disseminated encephalomyelitis(ADEM)も考慮されますが画像所見、臨床像が異なります。

抗aquaporine4 IgG抗体が1;100,000倍の強陽性でした。neuromyelitis optica spectorum disorderと診断されました。methylprednisolone1000mg/day x 5daysのステロイドパルス療法がされてrituximab1000mgx2 の静注がされました。prednisone 60mg

経口が3週間の継続の後に漸減されて5か月後に複視と歩行障害で病状が再燃します。いま一度pulse-dose glucocorticoid治療がされて血漿交換、C5に対する抗体製剤eculizmab投与が追加されました。回復しましたが筋力低下と感覚障害が残存しました。退院後に末梢血白血球数値が2220に増加して単球数値が880(200-870)と高値です(relative count 39.5%(5.4-14.2) )。好中球数は790と減、リンパ球数450と正常でした。末梢血に芽球は出現していません。本例は白血病専門医に紹介されることになりました。

 新たに出現した末梢血単核球症は背景にmyelodysplastic syndrome(MDS)、chronic myelomonocytic leukemia(CMML)の存在が疑われます。

骨髄生検と同吸引細胞診では過形成性骨髄で、成熟のみられる単球の増多が顕著でした。染色体異常と異常遺伝子パネルに特記すべきことありませんでしたが、next-generation sequencing panel検査ではNRAS mutation(p.G12D)変異が43.7%に認められました。心膜炎発症時の血液DNA sequencing 検査ではNRAS mutationは22.3%でした。

 本例の末梢血単球症と骨髄所見からはCMMLが疑われます。しかし見つかったNRAS変異と家族歴を併せると別疾患の考慮が必要です。CMMLとするには染色体異常や他の遺伝子異常を伴なわない点が不自然です。顕著な自己免疫体質を併せてNRAS変異は骨髄球系、リンパ球系両者の造血に影響している可能性があります。そして臨床像と併せるとRAS associated autoimmune leukoproliferative disorderの診断に行き着きます。

 COMMENTARY 本例は自己免疫性甲状腺機能低下症、慢性白血球減少症、乾燥症候群を既往に有し、心筋心膜炎を発症、抗体系からはシェーグレン症候群に合致します。更に神経症状を発症してneuromyelitis optica spectrum disorderの診断が加えられます。ついには末梢血単球症を合併して骨髄検査が施行されるなかでNRAS変異が明らかとなり、RAS-associated autoimmune leukoproliferative disorderの最終診断となりました。neuromyelitis optica spectrum disorderについては、先述の如く他の自己免疫疾患:シェーグレン症候群、自己免疫性甲状腺疾患、SLE、重症筋無力症、自己免疫性肝疾患、潰瘍性大腸炎を合併することが知られています。RAS-associated autoimmune leukoproliferative disorderは稀な疾患で、現状では情報が限られています。27例の集計例でみるとほとんどが幼少期の発症です。合併疾患として心膜炎、シェーグレン症候群、neuromyelitis optica spectrum disorder、糸球体腎炎、脾腫、皮膚病変が記載されています。検査所見ではNRAS変異やKRAS変異、末梢血単球症、多クローン性ɤグロブリン血症、複数の自己抗体の発現などです。臨床的には潜在性に進行します。診断は造血器腫瘍と重なり”challenging”となります。RAS-associated autoimmune leukoproliferative disorderではRAS変異は造血幹細胞レベルで発現することが予想され、CMMLでは分化過程での発現だろうと推測されています。そして白血病への転化のリスクも報告されています。B cellは正常造血発生の過程で免疫寛容を形成しますが、NRAS変異により免疫寛容形成が阻害されて種々の自己免疫を呈することが推定されています。本例では造血幹細胞における体細胞遺伝子変異が、免疫制御異常から自己免疫疾患を発症するという病態生理を明らかにしています。複雑な臨床経過と自己免疫異常、骨髄障害をRAS-associated autoimmune leukoproliferative disorderという診断が結論付ける結果となりました。

 本例の病歴・historyは文字通り“手に汗握る経過”で、夢中になって読み進んでしまいました。しかも結論はRAS-associated autoimmune leukoproliferative disorderという聞いたことのない概念、病態です。まさにタイトル“A Race to the Finish”感満載でした。自己免疫疾患の発生に造血発生(遺伝子変異)が関わっているという病態生理は何とダイナミック、ドラマチックな展開でしょうか、と感心しきりなのは私だけでしょうか?

      <伊東ベテランズ 川合からの報告です>