サイトマップ

閉じる

〒414-0055 静岡県伊東市岡196番地の1

外来診療時間
月~金08:30~11:00

※土日祝日・年末年始は休診日となります。 ※診療科により異なります。外来診療担当表 よりご確認ください。

  • x
  • facebook
  • line
  • insta
  • youtube

伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case9

2023.3.14

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会Case7-2023

A 70-Year-Old Man with Covid-19, Respiratory Failure, and Rashes 14.03.2023

 腎移植歴のある70歳の男性が呼吸不全、肺炎球菌菌血症、腎不全で入院中に出現した皮疹の評価が必要となりました。4年半前に血痰と進行性腎不全で発症したANCA(AntiNeutrophil Cytoplasmic Antibody)関連血管炎に対して血漿交換、免疫抑制療法がされた後に血液透析が開始されました。4年間にrituximabが継続投与されました。4か月前にhepatitis C antibody 陽性の死亡症例からの腎移植を受けています。今回の入院6日前の血性クレアチニン値は1.33mg/dl(<1.50)でした。4日前に正中腹部の不快感、吐き気、食思不振、悪寒、軟便3回/日の下痢が発症します。更に数日間のうちに尿量減少、倦怠感を自覚、鼻汁、咳、鼻閉、呼吸困難が出現してM.G.H.の救急を受診しました。他、既往歴にステント留置歴のある冠疾患、2型糖尿病、高脂血症、高血圧、胆石・胆摘、大腸ポリープ/憩室症、痛風、GastroEsophageal Reflux Disease、甲状腺機能低下症、睡眠時無呼吸、ヘルニア手術、椎間狭窄症があります。服薬歴はmycophenolate mofetil, tacrolimus, prednisone, trimethoprim-sulfamethoxazole, valganciclovir, warfarin, aspirin, atorvastatin, levothyroxine, cholecalciferol, lorazepamです。Penicillinにアナフィラキシー歴があります。40年前に禁煙されましたが10 pack-yearsの喫煙歴がります。飲酒歴はありません。家族歴に高血圧、糖尿病、冠疾患がありますが腎臓病、自己免疫はありません。

 診察するとnasal high flow oxygenが必要な努力呼吸を伴う顕著な呼吸不全状態で、聴診所見で呼吸音減弱とcrackleが明らかです。見るからに重篤感があます。一般検査所見の主な異常は末梢血白血球数320, neutro.50, lymph.60, 生化学でBUN/Crea67/4.08, AST/ALT61/63, BNP63959, troponin105, CRP120.4(<8.0), ferritin4261, 凝固ではPT-INR6.8, D-dimer916(<500) , 尿蛋白2+、潜血2+といったところでした。他にはSARS-COV-2 RNA陽性、血培でStreptococcus pneumoniaeが4/4本で陽性となりました。血中CMV-DNA、尿中legionella抗原は何れも陰性、血清1-β-D-glucan, galactomannanは陰性でした。 画像診断では、胸腹部CT所見で両側肺の高度浸潤影・間質影、骨盤内の移植腎周囲の腹水、同超音波検査で移植腎不全傾向が明らかでした。Azithromycin, cefepime, linezolid, amiodarone, furosemide, vitamin Kが経静脈投与、valganciclovir, atovaquoneが経口投与されました。呼吸不全に対して挿管・呼吸器が使用され、腎不全にvenovenous hemofiltrationが開始されました。第3病日には臀部(仙骨部)に比較的広範なpurpuric-hemorrhagicな紅斑がみられ、生検ではepidermal necrosis due to pressure ischemia の診断でした。更に14病日には下腹部にも径6・7cm?、purupric-hemmorhagicな紅斑が出現しました(特徴的な皮膚所見ですので是非本文中のFigureをご覧ください)。全身状態は改善しません。

  <DIFFERENTIAL DIAGNOSIS>

 M.G.H.内科のMansour先生から鑑別診断と解説がされます。本例に出現した皮疹の特徴や急性発症を考えると鑑別診断のトップとして感染症が考えられます。勿論、非感染性原因、則ち薬剤アレルギー、自己免疫、物理的刺激、そして悪性腫瘍も原因として考えなければなりません。本例は免疫不全状態にあり、重症な病状に急性、播種性の皮膚病変をきたす可能性のある感染症を考察したいと思います。①VIRAL INFECTIONS, ②BACTERIAL INFECTIONS, ③FUNGAL INFECTINSの夫々について考えます。①免疫不全患者にはHerpesvirusのreactivation、特にHerpes Simplexのreactivation, CMV, Epstein-Barr virusが移植後の患者にみられます。何れも性状はmaculopapularでhemorrhagicではありません。 Varicella-zosterも移植後に出現する可能性がありますが性状はvesicularです。Herpes属以外、parvo virus とかHIVも考えられますが、その性状はlacy,  maculopapularです。SARS-COV-2感染では多種な性状で皮疹を伴いますし、血栓形成傾向からhemorrhagicな性状もあり得ますが、通常はdiffuse purpuraとして認められます。②本例にはS. pneumoniae感染が確認されており、急性進行性、血管原生に出現する”purpura fulminans”が皮膚病変として有名です。血栓関連で見られる皮疹としてはNeisseria meningitidisやcapnocytophaga感染症があります。しかし何れも臨床像が異なります。免疫不全と院内感染も考量するとstaphylococcus aureusやpseudomonas感染も考えられますが血培で明らかになったと思われます。③移植後患者には播種性真菌症のリスクが高く認められます。Histoplasma, Blastomyces感染症、Cryptococcus感染症の考慮が必要ですが皮疹の性状が異なります。aspergillus, fusarium, mocoralesといったmold species(カビ類)は播種性感染として血管原生に皮疹を認めます。aspergillus, mocoralesはCOVID-19感染に合併することが報告されています。本例の皮疹は強くangioinvasiveな性格が疑われて肺感染と併せてmold infectionが最も強く疑われます。確定診断には皮膚生検と16s ribosomal RNA sequencingが有用だと思われます。

  <CLINICAL IMPRESSION AND DERMATOLOGY MANAGEMENT>

 皮膚科に2回のconsultationが行われました。初回生検結果は前述の通りでpressure-induced ischemic changeの診断でした。第13病日に下腹部に新た皮疹が出現して2回目のconsultationとなりましたが、新たな病変はヘパリン注射された部でしたのでその影響が考えられました。しかしながら患者背景や病像を考慮して播種性感染が考慮され、真菌について生検検体の組織・培養検査が追加されました。更に翌日右側大腿内側に新たな皮疹が出現してヘパリン注射の影響は否定されました。

 <PATHOLOGICAL DIAGNOSIS>

  H-E染色、Grocott-methenamine銀染色で血管内の菌糸関連血栓症が明らかとなりました。炎症所見は顕著でありませんでした。16s ribosomal RNA sequencingではRhizomucor mieheiが確認されました。病理組織学的に皮膚ムコール症の診断となりました。

 <DISCUSSION OF MANAGEMENT>

  本例で問題となる免疫不全状態の背景には腎移植とその後の免疫抑制療法が大きく影響しておりますが、CMVやSURS-COV-2感染症もまた免疫力に影響することが報告されています。臓器移植で播種性ムコール症の合併は肺移植で最も高頻度だそうです。腎移植例では移植腎機能も考慮されて、calcineurin inhibitorsはその腎毒性により使用できないことが問題となり、抗真菌薬amphotericin B deoxycholateも同様です。播種性ムコール症では基本的に感染創部の外科的切除と感染初期からのlipozomal amphotericin Bの経静脈投与が推奨されています。multicenter retrospectiveな研究では、lipozomal amphotericin B治療がムコール症の診断3日以内に開始された場合生存率は0.72、一方3日以後に開始された場合は生存率0.33と減じると報告されています。やはりretrospectiveな報告ですが、腎移植後のムコール症について外科処置+抗真菌薬投与例では生存率70.2%、外科処置単独では同36.4%、抗真菌薬単独では同32.4%との報告もあります。外科手術併用の有無についての記載なしに、抗真菌薬療法のみについての生存率報告ではposaconazole 92.3% 、lipozomal amphotericin B 73.4%、amphotericin B deoxycolate47.4%とされています。

 抗真菌薬の投与期間は個人によりますが、最低6~8週間といわれています。本例ではlipozomal amphotericin Bの投与が継続されましたが、重篤な病状、広範な播種性ムコール症の予後不良を考慮してご家族の希望は”comfort measure only”となり、患者さんはその後に亡くなりました。

 Disseminated aspergillosis、Disseminated mucormycosisといった感染症が高度免疫不全状態に合併し、大変予後不良な病態であることは良く知られています。当院のような地域の中小病院では臓器移植や造血器腫瘍の治療に関わるチャンスがないので、研修医の先生にはなかなか経験できない症例だというのが、抄読後の我々の感想でした。我々臨床家にとっては文字通り大変”challenging”な症例ですが、Massachusettsから遠く離れた日本・伊東で、こういった大変貴重な経験を共有できることにN ENGL J MEDに感謝したいとつくづく感じています。

<伊東ベテランズ 川合からの報告です>