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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 29.08.2023
Case 26-2023: A 15-Year-Old Girl with Abdominal Pain and an Ovarian Mass 29.08.2023
15歳の少女が腹痛と卵巣腫瘤を主訴にTufts Medical Center(T.M.C.)に入院となりました。6か月前に正中に下腹痛が出現しました、”sharp and crampy”な痛みです。体動で増強して臥位で軽減します。疼痛は24時間継続して正中から右側に移動します。患者はT.M.C.関連病院の救急に搬送されました。102/minの頻脈以外バイタルサインに異常なし。下腹部両側に軽度の圧痛を認め右側優位でした。腹部は軟、膨隆してません。腸音は正、反跳痛、筋性防御はみられません。末梢血WBC14270(4500-13500), Hb10.9(12.0-16.0)でした。尿検査に異常なく、尿中human chorionic gonadotropinは正常でした。腹部超音波検査では複雑に壁肥厚のある嚢胞が右卵巣に、左卵巣に径1.7cmまでの多発卵胞がみられました。ドプラーエコーは両側で正常でした。骨盤内に少量の腹水を認めました。破裂卵巣嚢腫の診断でacetaminophenと補液で帰宅して6週間後の腹部エコー再検が予定されました。疼痛は徐々に改善して3日後には長距離走レースを走れるまでになりました。4日前にもレースを走り翌日(3日前)に腹痛が出現、T.M.C.の救急に搬送されました。患者は6週間前の痛みと同様と訴えました。この2週間でウエストサイズが増加してズボンがきつくなったと感じています。既往歴なく内服薬なし、アレルギー歴ありません。発育歴は正常、初潮はありません。全てのワクチンを接種しています。患者はNew Englandの郊外に両親、1人の姉妹と暮らしてます。彼女はsexually inactiveで喫煙・飲酒歴なし、違法薬の使用歴ありません。両親、姉妹共に健康、何れも初潮は12歳です。バイタルサインは正常、BMIは18.7、思春期発達状態はTanner stage4(1-5 5で充分な思春期発達)です。末梢血WBC16120, Hb10.1, CRP27.7(o.o-8.0), ESR19mm/h(0-20)でした。腹部超音波検査では右卵巣に連続する16.6×15.6×9.9cmの“heterogeneous mass”を認めました。血流は正常で高エコー域を内部に認めます。左卵巣は正常で中等量から大量の腹水を認めました。腹部造影CT所見では17.8×13.6×8.6cmの”heterogeneous attenuating mass”で多形性、辺縁域に増強効果を認め、内部に血管増生を伴います。造影MRI検査所見では同CT所見と同様で更に内部に結節性成分も明かとなりました。子宮内膜は22mmと顕著な肥厚を伴っています。
<DIFFERETIAL DIAGNOSIS> T.M.C.産婦人科Andrea L. Zuckerman先生の解説です。6週間前に下腹部腹痛を主訴に来院した15歳の女性は、末梢血白血球増多症を認めますが、超音波検査では血流に異常なく、卵巣茎捻転は否定的です。虫垂炎は臨床像が異なります。子宮外妊娠、卵管卵巣膿瘍も否定できます。生理的卵胞の破裂は可能性としてありますが、通常比較的薄壁の嚢胞です。6週間後に再発する腹痛で救急外来を受診した際には大きな右卵巣腫瘤が確認されて卵巣腫瘍の鑑別診断が必要となります。卵巣腫瘍は解剖・発生学的にepithelial-cell tumors, germ-cell tumors, sex cord-stromal tumorsに分類されます。
EPITHELIAL-CELL TUMORS 卵巣の上皮性腫瘍には悪性と良性、境界領域に分離されます。悪性は卵巣癌であり、一般的には高齢者で発症します。良性腫瘍は漿液性或いは粘液性の嚢胞腺腫がほとんどです。本例では画像所見が異なりますし、6か月で増大することは通常ありません。腹水も伴いません。境界領域の上皮性腫瘍は低悪性度腫瘍とも呼称されますが、多くは40歳以上の症例です。
GERM-CELL TUMORS 胚細胞腫瘍は思春期女性に認められる最も多い腫瘍で、本例では考慮に値します。胚細胞腫瘍の中で最も高頻度でみられるのはmature cystic teratomaです。良性に数えられて、皮脂様内容中に毛髪、軟骨、骨、歯牙などが含まれます。悪性の胚細胞腫瘍で最も高頻度に数えられるのはimmature teratomaで内容物は神経組織が含まれます。何れも本例の画像所見とは異なります。2番目に頻度の多い悪性胚細胞腫瘍はdysgerminomaでestrogen、testosterone産生能を有し、血中human chorionic gonadotropin値が高値となるケースがあります。ほとんどの症例で肝機能やlactate dehydrogenase(LDH)値が高値となります。画像診断では中心壊死、出血、speckled calcificationが特徴的で本例と異なります。3番目に多い悪性胚脂肪腫瘍はyolk-sac tumorとも呼ばれるendodermal sinus tumorで、急速に増大して腹膜播種を合併します。LDH, alpha-fetoproteinが高値となります。稀ながら他に悪性胚細胞腫瘍として、embryonal carcinoma, primary choriocarcinoma, polyembryonal carcinomaがあります。
SEX CORD-STROMAL TUMORS juvenile granulosa-cell tumorは悪性sex cord-stromal tumor中で最も高頻度に数えられます。発症平均年齢は13歳とされ、画像診断では嚢胞性・充実性病変を認め、腫瘍内出血、腹水を伴うこともあります。典型例は腹痛で発症して、しばしばホルモン産生を伴います。Inhibin A, B、estradiol、androstenedione産生例があります。それら産生ホルモンによる臨床像が特徴になることがあります。本例にみられる卵巣腫瘍はjuvenile granulosa-cell tumorが臨床像に最も合致すると思われ、inhibin B産生による無月経とestradiol 高値による子宮内膜肥厚を来した可能性が考慮されます。
<CLINICAL IMPRESSOPN AND INITIAL MANAGEMENT> 本例で最も懸念されるのは卵巣悪性腫瘍ですが、腹水については良性腫瘍に伴うMeigs’ syndromeの可能性も否定できません。血中のalpha-fetoprotein値、LDH値は正常で、尿中human chorionic gonadotropin値も正常でした。血中CA-125値は109U/ml(<35)、estradiol値2708(27-156)、後日明らかになったinhibin A値は510pg/ml(<97.5)、inhibin B値は5889pg/ml(<224)でした。2回目の胸膜・横隔膜結節生検を前提に、開腹・右側卵巣卵管摘出術が施行されました。腹腔鏡下に確認された多発腹膜結節が生検採取されて血性腹水2Lを排液しました。
<PATHOLOGICAL DISCUSSION> 切除された右卵巣腫瘍は径18cm、病理組織所見はjuvenile granulosa-cell tumorに一致するものでした。juvenile granulosa-cell tumorは
比較的成年期にみられるadult granulosa-cell tumor と区別するために50年程前に命名された名前です。前者では比較的核小体が幼弱で分裂像も顕著、不整な濾胞形成を認め、典型的には好酸性な細胞質が病理組織学的特徴です。しかしながらこれらの病理組織学的特徴が必ずしも年齢で明確に区分されるものではありません。腹水と腹膜播種は炎症性変化が証明されて悪性腫瘍は認められませんでした。
<DISCUSSION OF MANAGEMENNT> 後日明らかになった血中inhibin A値は510pg/ml(<97.0)、同inhibin B値は58889pg/ml(<224)でした。本例にみられた思春期発現程度や子宮内膜肥厚はestradiol高値により、無月経は腫瘍産生によるinhibin高値によるものと推定されました。右側卵巣卵管切除の後1週間後に外科的に胸膜結節の生検と胸水採取がされて、何れも炎症性変化のみで腫瘍は認められませんでした。転移性病変がなければgranulosa-cell tumorは予後良好です。転移がある場合には化学療法の適応となりますが長期予後は良くありません。本例のように被膜破裂のある症例では播種が懸念されますが、そのevidence、追加化学療法の意義につては明らかでありません。本例については血中CA125, estradiol, inhibin A,Bの各値、腹部MRIと胸部単純写真の画像診断による厳重フォローアップとなりました。腫瘍切除1か月後に本例は競技スポーツに復帰して月経が始まりました。腫瘍細胞の検索からjuvenile granulosa-cell tumorに高頻度でみられるGNAS(stimulatory G-protein alpha subunit)体細胞遺伝子変異が明らかとなりました。5年間は厳重フォローアップする予定です。
年齢に関わらず、女性が下腹部痛を主訴に来院して大きな卵巣腫瘍の合併が明らかになったら、そして腹水が顕著であった時には、卵巣腫瘍による茎捻転、或いは腫瘍からの出血を我々はやっぱり直ちに懸念するんだろうか?と読んでいました。本例は15歳、初経は未だなく、更に6週間前には腹部超音波検査で卵巣腫瘤は認められなかったというのです。勿論救急外来で対応する我々は産婦人科医をコールするでしょう。その後さらに深く病態・病理を掘り下げる習慣は総合内科医としてはなかなか無いのが現実と思われます。今回はちょっと“オタッキー”(相当に専門的な領域を意味する筆者の造語です)な解説でしたが、普段知らない世界が展開するようで、今回も大変勉強になりました。
<伊東ベテランズ 川合からの報告です>