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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 05.09.2023
Case 27-2023: A 53-Year-Old Woman with Celiac Disease and Upper Gastrointestinal Bleeding 05.09.2023
53歳のceliac diseaseを有する女性が上部消化管出血と出血性ショックによりBrigham and Women’s Hospital(B.W.H.)の集中治療室(ICU)に転送されました。3週間前までは問題なく過ごされていましたが、倦怠感、食思不振、全身脱力と水様下痢が出現しました。2週間経ち下痢は頻度が増し血性下痢となり、患者は前医の救急を受診しました。血圧は63/32、末梢血Hbは6.0(12.0-16.0)、PT-INR7.63(0.90-1.10)、血清ALP330(56-136)、Alb1.4g/dl(3.4-5.5)、lactate3.3mmol/l(0.5-2.0)でした。生食、norepinephrine、新鮮凍結血漿、vitamin K、濃厚赤血球液、vancomycin, piperacillin-tazobactam, octreotide, pantoprazoleが経静脈的に投与されて、入院となりました。全身の造影CT検査が実施されて、両肺のground-grass opacity、肺多発小結節、食道拡張、骨量の減少、腹水、脂肪肝、
腸管壁の肥厚と小腸拡張、そして馬蹄腎が明らかとなりました。後腹膜、膵尾部に接して11x8x7cmの内部不整な腫瘤を認めました。腹部超音波検査所見で肝臓は肝硬変様でした。
上部消化管内視鏡検査が施行されて高度食道炎所見を認めましたが出血源は明らかでありませんでした。第7病日まで尚下痢は継続しましたがC.difficile, Shiga toxin, campylobacter, giardia, cryptosporidium抗原は全て陰性でした。第7病日に無尿が出現して、膀胱圧は23mmHg、腹部膨満に対して腹穿3.7Lが実施されました。腹水検査では顕著な浸出液の所見でした。norepinephrineとalbuminが経静脈投与されました。翌日に大量のmelenaがみられて末梢血Hbは8.1から5.1に減少、norepinephrineに加えて、濃厚赤血球液4単位とcryoprecipitate, vitamin K, 凍結血漿が投与されました。患者は内視鏡検査も考慮のうえ気管内挿管されてEGDが再検されました。下部食道には脈打つ血管性病変と出血を認めました。octreotideとpantoprazoleが投与されて本例はヘリコプターでB.W.H.のICUに搬送されてきました。家族からの聴取によると患者は30代にceliac diseaseの診断を受けましたがgluten free dietを守っていません。一回の妊娠は妊娠高血圧を合併して33週に帝王切開で出産しています。40代半ばで閉経しており、繰り返す中耳炎により鼓膜穿孔、難聴を合併しています。この数年で7kgの体重減少があり、下痢が出現してからこの2週間で2kgの体重減少を認めています。大学を卒業してtechnical consultantとして就業しています。夫と生活しています。ニコチン、アルコール、違法薬への暴露歴はありません。常用する薬剤、サプリメントはなく、薬物アレルギーはありません。家族歴として脳卒中が父親に、大腸癌が母方の祖父に、膵臓癌が父方の祖父と父方の叔父にあります。ICUでの身体所見では見るからに具合が悪そうで、体温37.1℃、脈拍91で血圧102/67、呼吸数は18、人口呼吸下でSpO2 98%(FIO2 35% )でした。身長142cm、体重50。6kg(BMI25.1)です。結膜、皮膚に黄疸があり、腹水による腹部膨満を認めます。手掌紅斑が軽度にあります。肝炎ウィルスパネルは全て陰性、ANCA, liver-kidney-microsomal autoantibody type1は何れも陰性でした。便培養が提出されて、虫卵、寄生虫の検査がされました。赤血球液、ceftriaxone, propofol, pantoprazole, octreotideが経静脈投与されました。翌日上部消化管内視鏡検査が施行されて食道孔壁粘膜下剥離所見が見られ、前回内視鏡検査時の合併症が疑われました。高度の食道炎・潰瘍を伴いました。下部食道にはfibrin plugの付着する食道静脈瘤を認めました。破裂静脈瘤の診断で内視鏡的バンド結紮術が試みられましたがうまくゆかず、噴出性出血が明らかとなりました。止血クリップで内視鏡的止血術が施行されました。胃内には多量のヘマチンがあり、十二指腸粘膜はceliac diseaseに一致する所見でした。頚部、胸腹部・骨盤のCT angiographyが実施されて、食道静脈瘤、他、門脈・脾静脈の側副血行路が顕著で食道穿孔によると思われる頚部・縦隔の気腫が明らかとなりました。脂肪肝が顕著でしたが肝硬変を示唆する形態変化はありませんでした。軽度の脾腫、馬蹄腎、diffuseな小腸・大腸壁の肥厚を認めました。後腹膜には径10.7cm、中心壊死を示唆する造影効果を有する腫瘤があります。骨には広範に斑模様の変化がありました。入院後24時間で800mlの血性下痢を認めて、第2病日に3単位の赤血球液を輸血、第3病日に心エコー検査(TTE)では左室機能正常、大動脈弁の硬化像と軽度から中等度の3尖弁閉鎖不全を認めました。
<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS>
B.W.H.内科Nikroo Hashemi先生の解説です。gluten free dietがされないceliac diseaseを有する53歳女性が、3週間前に顕著な水様性下痢で発症。食道静脈瘤破裂による消化管出血、出血性ショックで搬送されました。内視鏡的止血が実施されました。門脈圧亢進症が明らかで高度の脂肪肝を認めますが、形態的には肝硬変に一致しません。画像診断では腹水、顕著な脂肪肝、門脈圧亢進症に加えて後腹膜の腫瘤と馬蹄腎を認めました。高度凝固障害、低アルブミン血症がありますが、脂溶性ビタミン欠乏、骨粗鬆症を伴う高度の栄養障害があるようです。以上をまとめる何か全身的な病態が想像されます。
FATTY LIVER metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease(MASLD)はこれまでnonalcoholic fatty liver disease(NFLDと呼称されてきた病態に代わる呼称として用いられています。病理組織学的に脂肪大滴を有する肝細胞が5%以上に認められて、薬、飢餓、遺伝子異常を有しない人で、アルコール摂取量が女性で1日20g以下、男性で1日30g以下に該当する場合に呼称されます。本例には肥満もmetabolic syndromeの合併もなく、飲酒歴なく、MASLDには一致しないと思われます。celiac diseaseに合併する肝疾患として”celiac hepatitis”と呼ばれる病態がありますが通常ALT, AST値が上昇します。gluten-free dietしているceliac diseaseでは2.8倍の危険度でMASLDを合併すると報告されています。更に、MASLDはceliac diseaseを有しない人の21.9%に、gluten-free dietしているceliac diseaseを有する人の三分の一の症例に見られると報告されています(診断されて15年以上の経過で増加するといわれています)。Wilson’s diseaseについては病像が異なります。homozygous familial hypobetalipoproteinemia症例が脂溶ビタミン欠乏と消化管、神経障害を来すことが知られており、かつ肥満、高インシュリン血症、高脂肪食のリスク下に脂肪肝を合併することが知られています。
PORTAL HYPERTENSION IN THE ABSENCE OF CIRRHOSIS portosinusoidal vascular disorder(PSVD)という新しい名前が、肝生検で肝硬変が明らかでない門脈圧亢進症を合併する病態に使用されます。食道静脈瘤破裂が初発症状として稀でありません。末期まで凝固能が保たれます。本例には当初顕著な凝固異常が認められましたが凝固因子、ビタミンKの補充療法で正常化しており、肝機能障害によるというより、栄養障害がその原因として考えやすいと思われます。PSVDは多くの病態に合併します、即ち感染症、薬物、毒物暴露、凝固異常症、免疫異常、遺伝子異常などです。本例に見られるPSVDはその原因として免疫異常、遺伝性疾患にその原因が絞られそうです。PSVDを合併する免疫異常症として本例ではceliac diseaseが考慮されます。他の免疫異常として低免疫グロブリン血症が考えられます。しかし、繰り返す中耳炎以外に合併する感染症歴はありません。遺伝性疾患としてはMarfan syndromeとTunner syndromeが考えられます。Tunner syndromeでは短躯、再発中耳炎、母斑、先天性心・腎疾患(大動脈弁硬化症、馬蹄腎)がみられます。celiac diseaseの合併リスクは11倍といわれます。
TUNNER SYNDROME AND LIVER DISEASE Tunner syndromeは多くの肝障害を特に高齢者において合併します。即ち脂肪肝、脂肪線維症、脂肪肝炎などですが体重増と関連しています。先天的な肝臓の血管異常や構造異常を合併する症例もあります。後腹膜腫瘍についても、神経内分泌腫瘍が考慮されて(本例でみる下痢はceliac diseaseだけが原因と考えられない可能性も残り)、他に非機能性のparagangliomaも考えられますし、Tunner syndromeは悪性腫瘍の合併リスクもあります。本例について私は門脈圧亢進症・食道静脈瘤破裂に対してtransjugular intrahepatic portosystemic shunt(TIPS)が施行されると思います。肝静脈圧(喫入圧と)が測定されて肝生検がされるでしょう、そして画像診断ガイド下に後腹膜腫瘍の生検もされると思います。
<CLINICAL IMPRESSION AND INITIAL MANAGEMENT>
本例にはTIPSが留置されました。右房圧は1mmHg、肝静脈圧は2mmHg、そして肝静脈喫入圧は15mmHgでした。上部消化管出血は無くなり、肝生検が併せて実施されました。TIPS留置後に肝性脳症が出現してlactuloseとrifaximinが投与されました。gastrografinによる造影検査で食道穿孔は明らかでありませんでした。縦隔気腫は残存したのでceftriaxone, metronidazole, fluconazoleが投与されました。便中elastase値が50μg/dl(>200)で、膵酵素が投与されました。追加血液検査で血清Ca値が10.7mg/dl(8.5-10.5)、同parathyroid hormone値が134pg/ml(10-60)でzoledronic acid投与が開始されました。染色体検査と後腹膜腫瘍の生検がされました。
<PATHOLOGICAL DISCUSSION>
十二指腸生検ではceliac diseaseに合致するMarsh-Oberhuber分類の3bに相当する所見でした。肝生検では中等度の大きさの脂肪滴が肝細胞全体に認められて、好中球性胆管炎の像が認められました。異常な線維化、鉄・銅の沈着を認めませんでした。後腹膜腫瘍の生検組織診では免疫組織化学染色所見も併せてparagangliomaに合致する所見でした。肝生検組織に被膜の結節が偶然に採取されてschwannomaと診断されました。
<GENETIC TESTING>
本例では顔貌にも特徴的な様相(mild ptosis, subjective hypertelorism, maxillary hypoplasia and mildly low-set pinnae with adherent lobules )があり、臨床像からもTunner syndromeが強く疑われて末梢血白血球で染色体検査がされました。結果nonmosaic 45, X染色体が明らかとなりました。成年期までTunner syndromeの診断が遅れるのは、臨床像が非典型的でなく、かついろんな病像が存在することに臨床医が必ずしも理解が少ないことが考えられます。Tunner syndromeの46%にnonmosaic 45X染色体を認めるといわれます。complete 45X染色体では99%が胎児死亡するといわれており、出生例でcomplete 45X例といわれる中にもある程度のmosaicism(46,XX)があるだろうと推察されています。
<DISCUSSION OF MANAGEMNT>
年齢に応じたTunner syndrome例に対する対応が、international consensus study groupによるガイドラインに示されています。死因を含む最も問題となる合併症は心血管障害で特に大動脈系における異常です。本例において心エコー所見上見られた大動脈弁の硬化は先天性というよりも加齢によるものと考えられました。頻度の高い内分泌異常としては卵巣機能異常、糖尿病、甲状腺機能低下症、骨粗鬆症、肥満です。本例ではparagangliomaとschwannomaの合併をみとめましたが、Tunner syndromeと腫瘍の合併については染色体異常との関連も併せていくつもの報告があります。本例は4週間の入院中に間欠的なpsychosisを認めました。知能については通常問題なく、本例のように多くは大学を卒業します。psychosisは稀ですが、不安、抑うつ、注意障害、コミュニケーション障害などがQOLに影響する場合があります。sex、出産、遺伝などにカウンセリングも有用となり、本例にも心臓、精神科的な面も併せて集学的なフォローアップが提案されましたが拒否されています。
臨床的に肝硬変といえない(肝硬変を伴わない)門脈圧亢進症についての考察はなかなかchallengingです。Tunner syndromeがportosinusoidal vascular disorder(PSVD)という耳慣れない病態を合併して、門脈圧亢進を呈し、脂肪肝に似た臨床像を有することがあるのだそうです。8月1日に抄読した門脈・肺動脈圧亢進症、Case 23-2023: A 21-Year-Old Man with Progressive Dyspneaでみたcongenital extrahepatic portosystemic shunt(CEPS)を思い出しましたが、何とも難解で頭がクラクラします。火曜朝の抄読会ではこれら稀な・耳慣れない疾患・病態を知ることでなく、そこにたどり着くまでに馴染みのあるcommonな疾患・病態を整理、鑑別することが大切だとつくづく感じます。今回も大変勉強になりました。
<伊東ベテランズ 川合からの報告です>