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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case35

2023.10.3

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 03.10.2023

Case 29-2023: A 34-Year-Old Woman with Abdominal Distension and Acute Kidney Injury 03.10.2023

 34歳の末期アルコール性肝障害を有する女性が、肝移植の10か月後に腹部膨満、倦怠感、急性腎障害を主訴にMount Sinai Hospital (M.S.H.)に入院しました。2週間前から倦怠感、脱力、食思不振が筋肉痛、寝汗を伴い出現しました。3日前からは日に3~5回の非血性の水様性下痢を伴います。翌日に患者は他院の救急外来を受診しますが発熱、悪寒、吐気、嘔吐、腹痛、呼吸困難、下腿腫脹は認めません。体温は36.6℃、血圧は76/49、脈拍132、SpO2 100%でした。見たところ痩せて衰弱しています。腹満がありますが圧痛を認めません。血清クレアチニン値は3.25mg/dl(0.55-1.30, 一週間前には同1,27mg/dl)。Na120(136-146), K6.3(3.6-5.2)でした。3Lの補液とhydrocortisone, piperacillin-tazobactam, vancomycinが経静脈的に投与されて低血圧は回復しました。腹部単純CT検査所見では大量腹水があり1300mlを穿刺排液しました。腹水検査では1000/μl以上の赤血球と2099/μlの有核細胞を認め、中には多くの異形細胞が含まれますが詳細が不明でした。敗血症も疑われて第2病日に患者はM.S.H.のICUに転送されました。追加病歴が聴取されました。

患者は22か月前に肝障害を主訴に他院に入院してアルコール性肝炎、腹水を伴う肝硬変と診断されています。加療された後に10か月後、今回の12か月前、非代償性肝硬変、肝腎症候群の診断で当院に入院しました。血液透析が開始されて穿刺腹水の細胞診検査、血液検査がされています。腹水検査では44/μlの有核細胞数で1%のリンパ球、53%の単球、 17%のマクロファージ、そして29%が異形を有する形質細胞でした。フローサイトメトリー検査ではlambda light-chainの再構成を伴うclonal plasma cell populationが確認されましたがmonoclonal B-cell population或いはunusual T-cell populationは明らかとなりませんでした。12カ月前の検査では血清IgG1394mg/dl(614-1295), IgA885(69-309), IgM177(53-334)、血清蛋白電気泳動検査ではɤグロブリン高値を認めましたがパターンは正常、M蛋白は認めませんでした。血清kappa light chain値は246.2mg/dl(3.3-19.4),  free lambda light chain78.4(5.7-26.3), kappa:lambda ratio 3.14(0.26-1.65)でした。骨髄生検がされて形質細胞は5%、in situ hybridizationでkappa, lambdaについてはpolytypicでした。骨髄のフローサイトメトリー検査ではクローン性形質細胞、異常リンパ球を認めませんでした。胸部・腹部PET/CTでは静脈瘤、腹水を伴う肝硬変の所見以外には腫瘤、リンパ節腫脹を認めませんでした。総合して考えると肝疾患、炎症、腎障害によるものと考察され、肝移植にリストされました。それから2か月後(今回の10カ月前)に肝移植を受けました。移植前検査でEBVとCMVの既感染がdonor、recipient両者で血清学的に明らかとなりました。切除された肝臓の病理組織学的所見はmicronodular cirrhosis with mildly inflamed septa and iron overloadでした。移植後早期に腹腔内出血、VRE菌血症、繰り返す腹膜炎を合併しました。移植後21日目にリハビリテーション施設に退院されました。移植後3か月目(入院7か月前)に胆管ステント閉塞と多剤耐性K. pneumoniae菌血症を合併しました。4か月前には不顕性CMV血症が明かとなり、外来でvalganciclovirが投与されました。以後、今回まで問題なく、内服薬としてaspirin, atovaquone, vitamin B complex, calcium citrate, vitamin D, ferrous sulfate, fludrocortisone, gabapentin, magnesium, melatonin, mycophenolate, omeprazole, prednisone, tacrolimus, ursodiolです。薬剤アレルギーはありません。NEW ENGLAND生まれで母親と暮らしています。渡航歴なく、動物暴露歴ありません。2年前から禁酒、禁煙しています。違法薬使用歴ありません。家族歴として両親に心臓病、肝臓病があり、母方祖父に肝臓病があります。体温は36.7℃、血圧は100/53、心拍114、SpO2 100%でした。BMIは21、痩せて虚弱にみえます。腹部は中等度膨満して腹水を認めます、圧痛はなし。cefepime, linezolid, vancomycin(経口)が投与されました。補液が継続投与されました。血液、尿、便の培養が提出されました。PET-CTが撮られて、腹腔骨盤内、特に腹膜にFDGを取り込む結節が明らかとなりました。小腸、大腸の表面にもFDG取り込みの所見がありました。1年前には見られなかった所見です。

便中CD toxinが陽性、抗菌薬は中止されて経口vancomycinのみ継続されました。下痢は止まり、低血圧は改善しています。第3病日の血清Crt2.25、培養結果は何れも陰性。穿刺腹水中の有核細胞数は2018/µl、30%が不明細胞でした。

 <DIFFERENTIAL DIAGNOSIS>

  M.S.H.血液腫瘍科のSundar Jagannath先生の解説です。本例34歳女性はアルコール性肝障害・肝硬変で 腹水、肝腎症候群を合併します。血液透析が開始された後に肝移植を受けました。その後は繰り返す感染症に対して抗菌薬が繰り返し使用されます。今回の入院は移植後10か月になりますが、C. difficile感染症が合併して下痢、低血圧、頻脈、急性腎不全、代謝不全を来します。補液と経口vancomycinによる治療で下痢は終息して低血圧も回復しました。しかしながら今回の病状の中で、画像診断により多量の腹水と多発するFDGを取り込む腹膜結節、そしてFDGを取り込む、腸管係蹄表面に拡がる病変が明らかとなりました。

 INFECTION これら画像診断所見から鑑別診断を考える際にまず感染症を考察します。本例は免疫不全状態が背景にあり繰り返す腹膜炎の既往があります。結核性腹膜炎についてはPET-CT所見で特徴的な腸管の不整や大網内に腹水を認めず、後腹膜の壊死、リンパ節腫大、大網の肥厚といった所見もみられません。

  CANCER 本例の腹水は悪性腫瘍によるものが最も考えられ、卵巣癌、胃癌、或いは乳癌といった悪性腫瘍による癌性腹膜炎の可能性が考慮されます。しかし本例の臨床像からは否定的です。悪性中皮腫については非常に稀ですが可能性は残ります。

  PRIMARY EFFUSION LYMPHOMA primary effusion lymphomaはlarge B-cell lymphomaで漿液性胸・腹水を認めて結節を呈しません。多くはhuman immunodeficiency virus(HIV)感染者に合併します。そして臓器移植後にも発症します。human herpes virus 8 (HHV-8)感染に合併するといわれています。primary effusion lymphomaは否定できませんがより頻度の高い他の疾患について考えます。

  POST-TRANSPLANTATION LYMPHOPROLIFERATIVE DISORDER post-transplantation lymphoproliferative disorder(PTLD)はEB virus感染に関連して発症しますが主な病像が異なります。PTLDは稀ながら腹水を合併する可能性があり可能性として否定できません。本例の腹水中にみられた有核細胞のうち30%は分類不能細胞とされました。私には移植前にこれらが異形細胞であった可能性が推察されます。そしてflow cytometric analysisが実施されており、結果それら細胞はクローン性の形質細胞系であり、ラムダ軽鎖の再構成が示されています。この所見からは高γグロブリン血症の血清学的検索が必要となります。

  HYPERGAMMAGLOBULINEMIA 本例の肝移植前にみられた高γグロブリン血症については良性、悪性両者の病態が考慮されます。慢性炎症性疾患、即ち慢性関節リウマチ、強皮症、橋本病など、慢性皮膚疾患、即ちpyoderma gangrenosum, necrobiotic xanthogranulomatosisなど、そして慢性感染症、即ち結核、HIV感染症、細菌性心内膜炎などが良性疾患として考えられます。これら疾患の病像は本例に合致しません。慢性肝臓病は高γグロブリン血症の原因となる良性疾患に数えられます。悪性疾患としては形質細胞異常症、悪性リンパ腫、白血病などが考慮されます。形質細胞異常症の中にはmonoclonal gammopathy of undetermined significance(MGUS)、不顕性多発性骨髄腫、多発性骨髄腫、AL型アミロイドーシスなどが考えられます。肝移植の前に本例は形質細胞異常症について検索されています。血清の蛋白免疫電気泳動検査と免疫固定法検査ではIgGとIgAが高値、IgMは正常値と高γグロブリン血症は多クローン性でした。free kappaと free lambdaそれぞれのlight chain比は3.14(0.26-1.65)と高値でした。しかし血液透析患者においてはこの比は0.37-3.10でほぼ正常値と考えられます。更に骨髄検査ではクローナルな形質細胞系の増加を認めませんでした。PET-CTでは門脈圧亢進症を伴う肝硬変所見のみでリンパ節腫大、腫瘤は認めていません。結果本例の多クローン性高γグロブリン血症は既存の肝疾患によると考えれました。門脈体循環シャントを伴う肝硬変などでは抗原、endotoxinなどが肝代謝を経ずに体循環に入り、抗体産生細胞へ暴露することにより高γグロブリン血症を来すと推定され、肝移植後には高ガンマグロブリン血症は改善するのが通常です。しかし、本例では移植後10か月の時点において高γグロブリン血症は持続して更に貧血が進行、持続性腎障害を合併することより、多発性骨髄種の可能性が示唆されることになります。診断のためには腹水の細胞再検査と結節からの生検検査が有用と考えられます。

  <PATHOLOGICAL DISCUSSION>

  腹膜結節からcore biopsyが実施されました。腫瘍はシート様に配列する比較的大きな細胞から成り、これら細胞は表面マーカーMUM1, CD138, CD56そしてlambda light chainに陽性、CD20, CD19, kappa light chain、HHV-8, HIV, EBVに陰性でした。これら細胞はMYCを強く発現して、増殖能を表すKi67 indexは80%でした。同様細胞が腹水中にも認められてflow cytometric analysisではクローナルな形質細胞で、やはりlambda light chainを発現していました。骨髄生検がされて比較的大きな、核小体の顕著な腫瘍性形質細胞のクラスタを認めました。塗抹標本でみると15%が異形形質細胞からなり、やはり核小体が顕著でした。flowcytometric analysisでこれらの異形細胞はmonotypic lambda light chainを発現しており、骨髄血吸引細胞診でみるとfluorescence in situ hybridization(FISH)法でMYC再構成とIGH再構成が、そして1q22重複と17p3.1領域でTP53欠損が明らかとなりました。next generation sequenceではHRAS, STAT3, ARID1Aに病理学的変異が認められました。血清の蛋白免疫電気泳動検査と免疫固定法検査ではIgA lambda componet2.28g/dlが明らかとなりました。これらを総括して形質芽細胞性形質細胞骨髄腫の診断となりました。形質芽細胞性形質細胞骨髄腫は形質芽細胞リンパ腫に類似していますが、形質芽細胞リンパ腫は通常EVB陽性でserum paraproteinemia を伴いません。

  <DISCUSSION OF MANAGEMENT>

 形質細胞異常症には臨床的に不顕性であるMGUSやsmoldering multiple myelomaと呼称される病態から、有症状であるmultiple myelomaやsolitary plasmacytomaと呼称される病態までが含まれます。比較的稀な病態としてAL型アミロイドーシス、更に稀なmonolonal gammopathy of renal significance, POEMS syndrome(polyneuropathy, organomegaly, endocrinopathy, M protein and skin lesion)等があります。弱活動性のMGUSから致命的でもあるmultiple myelomaへの転化についても活発に研究されています。本例において興味深い点は本例が若年発症例であったこと、腹膜を含む大きな節外性結節を形成したこと、そして腫瘍崩壊症候群を合併していたことです、しかも肝移植後10か月で発症・進行しています。腫瘍崩壊症候群の合併は多発性骨髄腫では稀です。本例にみられた臨床像は腫瘍の強い増殖力を背景にした腫瘍崩壊症候群による急性病態だと思われます。本例はICUに収容されてrasburicaseが投与されて、持続血液ろ過(continuous venovenous hemofiltration)による代謝管理がされました。腹満に対して腹水穿刺がされました。多発性骨髄腫の治療は過去20年間で顕著な発展を認めています。2000年代以前には高用量のメルファラン投与と造血幹細胞移植が主なストラテジーでした。その後に幾つかの重要な薬剤が開発されます、即ちproteasome inhibitorであるbortezomib, carfilzomib, ixazomib等、immunomodulatory drugsであるthalidomide, lenalidomide, pomalidomide等、そして抗CD38モノクローナル抗体であるdaratumumab, isatuximab等です。そしてQOLの向上、予後の改善が顕著となりました。これらは併用で使用され、そして高齢者や虚弱な患者にも適応があります。更に最近はidecabtagene vicleucelとciltacabtagene autoleucel、bispecific antibodiesであるteclistamab等が開発されて骨髄腫治療に効果が得られています。多発性骨髄腫は基本的に外来通院治療されます。今日アメリカではlenalidomide, bortezomib, dexamethasoneの3剤併用療法が一般的です。3剤に加えてdaratumumabが初発症例に対して併用されるようになっています。腎障害に対してlight chain除去が必要な場合には入院治療が考慮されます。本例については病状が高度であり、腫瘍崩壊症候群の合併もあったことから入院治療されました。我々は多剤療法としてcyclophosphamide, bortezomib, dexamethasoneを選択しました(初発骨髄腫の入院治療レジメンとして現在一般的とのこと)。lenalidomideの併用案がありましたが移植肝への影響を考慮され見送られました。治療開始後短期間で患者の状態は顕著な改善を認めました。持続血液ろ過療法は中止され、腹満は急速に改善して腹膜結節は縮小しました。初期治療開始後3週間で自宅に退院となりました。しかし2か月後に腹水を伴う腹部腫瘤で再発します。早期再発はhigh riskとされる骨髄検査におけるFISH法で発見された17p欠損と1q重複が影響している予想されます。入院のうえdexamethasone, cyclophosphamide, etoposideの静注療法で再治療されました。長期入院の後に退院が可能となり、daratumumab単剤療法で維持されます。3か月後に再然を認めて、急速な病状の進行により永眠されました。

 多発性骨髄腫は我々が研修医の頃(およそ40年前)、高齢者に発症して腎不全を合併する、そして抗癌化学療法(メルファラン、他)に難渋する予後の極めて悪い造血器腫瘍というイメージが強かったのを思い出します。催奇形性・先天異常をきたすと使用されなくなった鎮静・催眠薬サリドマイド(thalidomide)に免疫増強/調整作用があり、骨髄腫治療に相当な効果があると報告され(20年程前のこと)て驚かされたのも大変印象的でした。この症例報告で考察されるように、この20年で骨髄種の治療戦略は全く新しくなり、予後改善には隔世の感があります。我々ベテランズの年紀も感じられて感慨もひとしお、複雑です。 

<伊東ベテランズ 川合からの報告です>