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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 24.10.2023
Case 31-2023: A 79-Year-Old Man with Involuntary Movements and Unresponsiveness 24.10.2023
79歳の男性が左側の不随意運動と一過性の意識消失を主訴にMassachusetts General Hospital(M.G.H.)に入院となりました。9か月前までは特記すべきことなく、その頃左側肩と顔面に不随意運動が出現しました。患者さんが言うには運動はヒクヒクするような動きで意識に異常なく、持続時間は1・2分です。次の6カ月間に同様エピソードが月に1回程度の頻度で出現して、持続時間が5・6分まで延長しました。入院3か月前に不随意運動の出現頻度が増し、かかりつけ医の診察を受けます。身体診察に特記すべきことありませんでした。腎機能、血糖値は正常でしたが血清Na値が129(135-145)と低値でした。SIADHの既往歴があり、過去4年間に類似値が見られています。頭部造影MRI検査がされて、右中部前頭脳溝部位に小さな異常信号を認めて小血管の異常と診断されています。脳波(EEG)検査が覚醒時、傾眠時に施行されて稀ながら、わずかなfocal slowingが傾眠時に左側頭葉領域にみられましたがてんかん波は明らかでありませんでした。2か月前になるとM.G.H.関連てんかん病院で診察されました。不随意運動の頻度も持続時間も増して、一日に2・3回の頻度となり持続時間は10分程度になっています。左下肢のしびれ感と感覚鈍麻が出現して意図的に足を踏み鳴らすことで不快感を減弱させているといいます。不随意運動は意図的に制御できず、左腕が後方に過伸展して手関節が回外するといいます。左3,4,5手指先端に感覚鈍麻を伴い、左頬部にも不随意運動を伴うといいます。前駆症状はありません。エピソードの最中にも後にも意識は保持されます。てんかんクリニックでの診察上は特記すべきことありません。seizure disorderと暫定的診断されてlevetiracetam療法が開始されました。入院3週間前の再診時には不随意運動は連日出現するものの、左下肢に限局して持続も短縮、上肢と顔面には認めなくなったといいます。眩暈と頭痛、脱力が出現して、levetiracetam内服によると訴えます。家族が不随意運動のVTRを撮影しました。VTRを確認した神経科医によると不随意運動は痙攣でなくchoreoathetoid movementsだと表現しました。levetiracetamは漸減され、同時にclobazamが開始漸増量されました。そしてM.G.H.関連のabnormal movement disorder clinicに紹介されました。入院の朝、左下肢、左肩の不随意運動が出現して1時間継続しました。症状が消失した数時間後に奥さんが患者が椅子に座って無反応であることに気付きます。EMSが呼ばれて接触時には患者は反応ありとなっていました。血糖値は180mg/dl、血圧110/80、M.G.H.の救急に転送されました。来院時患者は頻尿と排尿障害を訴えます。娘さんがいうにはこの3年間で患者は不安症があり、記憶障害を認めます。既往歴としてはバレット食道、前立腺肥大、慢性B型肝炎ウィルス感染症、湿疹、逆流性食道炎、高血圧、非虚血性心筋症、そして骨粗鬆症があります。頭部外傷、遷延する意識障害の既往はありません。服薬歴はaspirin, atorvastatin, doxazosin, finasteride, omeprazole, metoprolol, sacubitril, valsartanです。薬物アレルギーはありません。喫煙歴なく、飲酒歴は稀です。違法薬の使用歴はありません。家族歴として母親に胃癌、姉妹に食道癌がありますが痙攣を有する者はありません。体温は36.8℃、血圧は152/97、心拍65、SpO2 96%、呼吸数16でした。BMIは21.7、立位になると血圧は130/63と低下します。意識清明で協力的です。下顎が左に偏位していますが鼻唇溝、笑みは対称です。非律動的な同一性のない、悶えるような左腕の動きを認めます。筋トースは正、筋力は四肢で5/5です。検査では腎機能、肝機検尿は正常でした。頭頚部のCT検査では右総頸動脈遠位部に強い石灰化像と狭窄を認め、病変は近位側右内頚動脈まで連続しており、狭窄は左右のparaclinoid部内頚動脈と左椎骨動脈基部にも認めました。CT angiogramでは以前にMRI検査で異常信号が指摘された右前頭葉に異常を認めませんでした。患者は入院して第2病日に血清Na130、lactate値は正常でした。脳のMRI検査では梗塞巣なく、以前異常が指摘された右前頭葉に病変を認めません。血清TSH、VitB12、HbA1cは何れも正常、凝固能も正常です。Lyme disease、結核、梅毒に関する検査は陰性。抗カルヂオリピン抗体、β-2-glycoproteinは正常でした。抗核抗体が1:160で陽性homogeneous patternでした。身体所見をとる間に患者は、左上下肢、同顔面に不随意運動を有します。不随意運動は大腿を叩いたり、指を折り曲げる、水の入ったコップを持って歩くなど、気を紛らわす行為(distraction techniques)で減弱しました。一過性の意識消失はclobazamによる鎮静と脱水のためとされました。clobazamは中止されて水分補給が勧められました。functional neurological disorderの診断がされ、外来でのdistraction techniquesを併せた理学療法が勧められて第3病日に自宅へ退院となりました。退院後は連日不随意運動が出現して退院2週間後に椅子に掛けて運動していて、奥さんと会話中に突然会話が途切れました。奥さんは彼が椅子に崩れ落ちて閉眼しており、動かない状態を視認しています。質問すると“はい”と繰り返します。救急隊が要請されて現着時には患者は覚醒しており、発汗し、無言でした。顔面が左側で垂れ落ちて、右側偏視を認めました。血糖値は130、血圧は120/60、患者さんはM.G.H.の救急に搬送されました。救急外来で体温は36.6℃、血圧は143/63、心拍66、呼吸数18、SpO2 98%でした。覚醒しており、応答あります。左側顔面が垂れ落ちています。左上肢を挙上でき、ベッドから足を1,2秒間持ち上げられます。右側偏視と構音障害を認めました。他の身体所見に異常を認めません。脳卒中と診断されて緊急頭部CT angiographyが撮影されましたが急性期脳梗塞所見は認められませんでした。偏視と構音障害は回復しており筋力は正常でした。軽度の顔面神経麻痺が残存していました。
<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS> 本例、79歳男性は当初意識障害を伴わない左顔面と肩の不随意運動で発症しました。異常運動障害”unusual movement disorder”の診断は、特に繰り返し発症する場合は難しいものとなります。患者さんから持ち込まれたビデオ動画は大変有用です。ほとんどの異常運動は基底核を含む錐体外路系の異常によりますが、診断の第一歩は異常運動の型を評価することです。本例の不随意運動は鑑別診断に関する4つの顕著な点が見られます。第一は発作的に発症して、持続は短時間で、イベントの間に回復期間があることです。第二は異常運動が画一的でなく、ランダム、多様です。第三は異常運動が経過中左側に限局しており、右側大脳半球に責任病変が示唆されることです。第四は症状が持続時間も頻度も進行性であることです。
MOVEMENT DISORDERS 本例には異常な不随意運動がみられて、症状は” hyperkinetic movement disorder”を示します。これらにはtremor, dystonia(myoclonusやticsを含む)がありますが何れも病像が異なります。本例の不随意運動をビデオでみた神経内科医は “choreoathetoid”と表現しています。chorea, athetosis, ballismといった不随意運動の一群はしばしば組み合わされて出現します。choreaは”dancelike”と表現されてirregular, random, unintendedな異常運動が体の一部から他の部分に拡がる運動です。これら運動がゆっくりと振幅は少なく、悶えるような動きが四肢末梢も含まれる場合にはathetosisと呼称されます。choreaとathetosisが一緒にみられる場合にはchoreoathetosisと呼称されます。動きが早くて振幅は長く、打ち捨てるような動きが近位四肢にみられ場合にはballismと呼称されます。本例に見られる運動はballismとは明らかに異なりますが、hemichoreaとhemiballismはしばしば同時に出現します。dyskinesiaという用語は多種の異常運動に対して使用されますが、しばしば薬剤により惹起されるhyperkinetic disorderに使用されます、即ちdopamine agonistによる遅発性ジスキネジアやParkinson’s diseaseに対するlevodopaによるジスキネジアです。しばしば、この dyskinesiaはchoreaやchoreoathetoid movementとして表現されますがchoreaとdyskinesiaは同義ではありません。現症的には本例の異常運動は”involuntary dyskinesia with choreoathetosis”と表現できます。本例に見られるdyskinesisの鑑別診断を考える前に、2つの類似した病像、即ちseizuresとfunctional movement disorderについて考察してみたいと思います。
SEIZURES 多くの異常運動が痙攣と誤解されますが、異常運動はその発症時に脳波の異常を伴いません。てんかん患者の一部には典型的な痙攣症例にはみられないような異常運動を認める症例があります。即ち、aura, 反応の変化、失禁、痙攣後症状などです。本例にも当初痙攣が疑われ痙攣クリニックに紹介されました。エピソードが一過性であることからfocal seizureが疑われました。最初のMRI検査所見では右側前頭葉の一部に小さな異常信号を認めましたが、後の画像診断では認められませんでした、故にこの異常が本例の臨床像全体を表すものではありません。脳波ではわずかな左側頭葉徐波が見られましたが、てんかん波は明らかでありませんでした。脳波は痙攣の間に実施されたので痙攣発作を否定するものとはなりません。徐波は異常運動と同側にみられるためにエピソードの原因としては適確でありません。本例にみられる不随意運動は画一的でなく、リズイカルでもなく、痙攣性異常症とは異なるようです。
FUNCTIONAL MOVEMENT DISORDER 本例の異常運動は”distraction technique”(気を紛らわす方法)により減弱することからはfunctional movement disorderが疑われます。この病状は軽度の身体的外傷や具合悪さがきっかけとなり出現します。精神的ストレスも原因となりますが診断にはつながりません。発症時に最も顕著であり、時間と共に漸減、漸増します。”distractibility”はfunctional disorderにみられる兆候ですが、nonfunctional syndromeに合併する異常運動も時々”distractibility”を示すことがあります。本例では幾つかの臨床像が functional movement disorderには当てはまりません。functional movement disorderは男性に比し女性に多く、発症年齢平均は40歳台です。加えてtremorが最も多い運動型で、本例に見られたchorea, choreoathetosisはfunctional movement disorder症例には稀です。
DYSKINESIA primary paroxysmal dyskinesiaは多様な像を呈するグループで、不随意運動が繰り返し突然に発症して、意識障害を伴わないのが特徴です。そして幼少期或いは若年期に発症します。本例での鑑別診断はsecondary dyskinesiaに絞られてゆきますが広範です。MRIで器質的異常はありませんでした。感染性髄膜炎、脳炎等の急性疾患はなく、外傷、薬、中毒物質への暴露もありません。娘さんによると記憶障害があるとされますが、神経変性疾患を示唆するものはありません。secondary dyskinesiaとして稀でない代謝性疾患に糖尿病性舞踏病があります。高血糖に伴い、急性・亜急性に発症するchorea、ballismを認めます。2型糖尿病の初期症状でもありますし、コントロール不良の糖尿病例にもみられます。糖尿病性舞踏病は男性よりも女性に多く、発症時平均年齢は70歳台です。ほとんどの症例で両側であるよりもhemichorea、或いはhemiballismとして認められます。体側の基底核にCTで高吸収、T1強調MRIで高信号を認めます。この診断は本例には合致しません。自己免疫疾患においてもchoreiform movementがみられます。本例の当初の症状が片側の肩、顔にみられた点では、anti-LGI1 encephalitisに伴うfaciobrachial dystonic seizuresの可能性が考えられます。この病態は本例にもみられた低Na血症を伴います。anti-LGI1 encephalitisでは本例にみられる下肢の異常、感覚障害は稀です。本例おいてキーとなるポイントは異常運動のみを認めることの無い点です。運動異常に加えて多様な感覚障害を左腕、左下腿に認めます。彼の最初の入院は無反応によるものでした。救急外来を訪れた2回目のイベントは全く異なり、急性の発語障害と左片麻痺、右側偏視で、これは急性右中大脳動脈(MCA)症候群が懸念されます。症状は医療介入せずに自然改善しました、これは一過性脳虚血(TIA)に合致します。最も顕著な画像所見は遠位側right CCA(右総頸動脈)と近位側right ICA(右内頚動脈)の狭窄です。本例の運動異常は虚血によるものでしょうか?
LIMB-SHAKING TIAS limb-shaking TIAsは1962年にC. Miller Fisherによって報告されました。ほとんどの報告例では内頚動脈で高度の狭窄を認めており、本例にも見られる所見です。発症メカニズムは大脳における虚血と考えられており、体位変換、頭位変換による大脳の虚血が引き起こす可能性がいわれています。本例においては座位で無反応となったことで救急搬送されました。更に運動中に急性発症した右側偏視のエピソードもあり、右中大脳動脈領域におけるTIAが強く疑われています。これらの臨床像はlimb-shaking TIAsの診断を強く示唆し、緊急の頸動脈内膜切除術を相談したいと思います。
<CLINICAL IMPRESSION AND INITIAL MANAGEMENT> 彼のこれまでの繰り返す左側に生じた一過性のchoreoathetosisは、主に彼が座る時、立ち上がる時、もしくは運動中に発症しており、虚血或いは血流低下により発症したlimb-shaking TIAsに合致します。内頚動脈の高度狭窄に関連する血流低下がlimb-shaking TIAsに関連するという病態生理について、わずかながら集計例が報告されています。一過性、同一的な不随意運動が8例のうち6症例で、血行再建術により消失したとの報告があります。また起立性低血圧を生じない体位による脳虚血症例も報告されています。atorvastatinは継続され、aspirinの容量は325mgに増量、heparinの経静脈投与が開始されました。最高血圧は180mmHgまで許容される方針となりました。患者は脳卒中病棟に入院となりドプラーエコーが実施され、内頚動脈狭窄による血流低下が明らかでした。
<PATHOLOGICAL DISCUSSION> 頸動脈内膜切除がされて、マクロ所見では頸動脈分枝部は大きなプラークが中心となって内腔に突出する形となり、狭窄率は80%でした。プラークは不整で表面は脆弱でした。ミクロ所見でプラークは広範な石灰化を伴い、表面は一部スムースな治癒したフィブリン栓に覆われ、一部は潰瘍を形成して不整となり、plaque ruptureの像を呈しています。多発する小さな石灰化プラークが動脈分枝壁に認められました。術後は何事もなく第5病日に自宅に退院となりました。
<ADDITIONAL MANAGEMENT> 以後不随意運動は出現していません。aspirin, atorvastatin, antihypertensive medicationsが継続されています。
急性発症の不随意運動を有する患者さんが救急外来に来院することが稀ながらあるようです。多くは本例のようなlimb-shaking TIAs であるようです。全くの偶然ですが今回の抄読会のすぐ後に“水曜朝の発表 《 Wed. Morning-Tea Conference 》”に、J2富澤央先生が「高血糖に随伴した舞踏運動」と言うタイトルで症例報告しています。
<伊東ベテランズ 川合からの報告です>