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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case39

2023.10.31

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 31.10.2023

Case 32-2023: A 62-Year-Old Woman with Recurrent Hemorrhagic Pericardial Effusion 31.10.2023

 62歳の女性が再発性の血清胸水の診断でMassachusetts General Hospital(M.G.H.)に来院されました。3か月前までは特記すべきことなく、その頃胸膜痛と胸部絞扼感が食事中に突然発症しました。胸痛が持続して頚部、背部に放散しました。aspirinと acetaminophenでは改善しませんでした。発症後1時間のうちに痛みは労作、臥位で悪化し、深呼吸できず、労作時に眩暈を感じました。他院の救急を受診されました。診察すると体温は36.5℃、心拍は104、血圧120/91、呼吸数は16、SpO2は95%です。頻脈を除いて身体所見に異常ありません。PT, INR, PTT、電解質、肝機能、腎機能に異常を認めませんでした。心電図検査ECGではST上昇と陰性Tを前胸部誘導、下壁誘導に認めます。胸部単純写真では心拡大傾向があり、heparinが静注されました。4時間後に胸部CT検査がpulmonary embolism: PE protocolにより実施されてPEは否定されました。中等量の心嚢液(吸収値が34-50 Hounsfield units)と軽度拡張した(37mm)大動脈、右肺下葉の径4mm結節が明らかとなりました。heparinは中止されprotamine sulfateが投与されました。3時間後に本例は別の病院に搬送されました。そこでは体温36.5℃、心拍は101、血圧108/75、呼吸数は24、SpO2はO2鼻カニュラ4Lで95%でした。奇脈16mmHgを認め、経静脈圧は12cmH2Oでした。friction rubを聴取しましたが他の身体所見は正常でした。血沈と血清troponin値は正常、ECGでは洞性頻脈と右軸偏移、そして非特異的ST-T変化、T波異常でした。TTE transthoracic echocardiography では少量から中等量の心嚢液が右房、右室をとり巻いて、右房壁は内側に偏位して、右室壁は拡張期に内側に偏位します。僧帽弁流は呼吸性に複雑な流量を示し、拡張した下大静脈は呼吸性平坦化を認めません。これら生理学的特徴は早期の心タンポナーデを示します。colchicineとibuprofen投与が開始されて入院となりました。翌日に心嚢穿刺がされて200mlの血性心嚢液が排液されました。心嚢圧は12から4mmHgまで低下しています。分析では赤血球数は4,700,000/μl、有核細胞数12,010、78%が好中球、13%が単球、8%がリンパ球、1%が好酸球でした。グラム染色は陰性、albumin値は3.0g/dl、TP4.7、LDH614U/l、glucose71, amylase31U/lでした。第2病日にCT angiogram(CTA)が撮影されて、血性心嚢液は減少、留置されたドレインが確認されます。大動脈解離はありません。心房中隔欠損閉鎖ディバイスが適切な位置にあり、ディバイスは比較的大きめに見え、前方は大動脈基部前面に接しています。しかし大動脈壁へのdevice erosion、偽動脈瘤は明らかでありません。第3病日にTTEで心嚢液は明らかでなくなり、心嚢液の細胞診結果に特記すべきことありませんでした。患者はcolchicineとibuprofenの内服継続で自宅に退院となりました。退院後10日目に患者は再診しますが胸痛、呼吸苦は改善していました。心拍は94、血圧159/88、SpO2は97%です。antinuclear antibodyは1:160で陽性(homogeneous pattern),  rheumatoid factorは陰性でした。胸部造影CT検査では少量の心嚢液と軽度の気管支壁肥厚、右肺下葉に径4mmの結節がありました。colchicine治療は中止されました。入院6週間前に以前と同様な背部痛と呼吸困難が出現してかかりつけ医に連絡します。colchicineが再開されました。次の12日間、副鼻腔の圧迫感、筋肉痛、鼻閉感、緑色痰を伴う咳を認めました。かかりつけ医を受診すると、体温36.7℃、心拍は112、血圧140/90、SpO2は94%でした。他の身体所見は特記すべきことなく、respiratory viruses検査は陰性、胸部単純写真で浸潤影なく、doxycyclineが処方されました。4日前ですが、咳と呼吸苦が持続してM.G.H.の心臓内科を受診しました。心拍87、血圧130/100でした、他の身体所見は正常です。経胸壁心エコー検査では中等量の心嚢液が右室壁に接する部分で拡張期14mmまでの厚さで認められました。右室壁は拡張期に反転し、タンポナーデの所見として入院となりました。患者さんは入院までに呼吸苦と痰喀出を伴う咳嗽、運動不耐性があったと言います。病人との接触はありません。既往歴としては術後の肺塞栓症、高血圧症、脂質異常症、tilt test陽性の繰り返す失神、気管支喘息、CPAP使用する閉塞性睡眠時無呼吸症候群、肥満、大腸ポリープ(腺腫)、脂肪肝、食道裂肛ヘルニア、骨粗鬆症、白内障があります。他にFEV1% 39%、FVC40%のCOPDがあります。5年半前に肥満手術(腹腔鏡下胃縮小術/腹壁形成術・術後出血)を経験して、44kg減量しました。14年前に中隔瘤を伴うASD(これは右左シャントにより繰り返す虚血性心疾患の原因と考えられていました)に対して経皮的カテーテル手術(閉鎖デバイス留置術・30mm径Amplatzer septal occlude device)がされています。16か月前に乳癌、子宮頸がんのスクリーニング検査を受けています。常用薬はcolchicine, apixaban, losartan, theophylline, calcium, vitamin D, vitamin B12, multivitamin, inhaled tiotropium, mometasone-formoterolそしてfurosemideとalbuterolを頓用しています。topiramateで感覚障害の既往があります。夫とMassachusettsに暮らして会社オーナーです。40-pack-yearの喫煙を10年前に止めています。飲酒歴、違法薬使用歴はありません。両親に冠動脈疾患、母方祖母、父方祖父に脳卒中、従妹に痙攣疾患の家族歴があります。体温36.9℃、心拍は120、血圧126/81、呼吸数は20、SpO2は室内気94%でした。奇脈10mmHgを認め、身長163cm、体重67kgです(BMI25.2)。経静脈圧は10cmH2Oでした。心聴診所見で雑音、friction rubを聴取しませんでした。PT, INR, 電解質、肝機能、腎機能は正常です。ECGでは不整頻脈、四肢誘導で低電位、非特異的ST-T変化、右軸偏移を認めます。診断的検査がされて治療方針が蹴決定されました。

<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS>  M.G.H.内科のEvin Yucel先生の解説です。62歳の女性に、腹腔鏡下の胃縮小術を受けた既往があり、経皮的カテーテルによるASD閉鎖術が実施され、更に再発する血性心嚢液を呈して来院されました。経胸壁心エコー検査では心タンポナーデの所見です。

CARDIACTAMPONADE 心タンポナーデは心膜腔に充満した心嚢液により心嚢内圧が上昇して心内腔圧を越えた時に心房・心室壁は何れも内半する形態を呈します。放置すれば心拍出量が減量して心原性ショックとなり、致命的となります。治療として、心嚢穿刺がされ、それが診断的にも大変重要となります。

HEMORRHAGIC PERICARDIAL EFFUSION 心嚢液が血性である場合には、その性状により鑑別診断が狭められることになります。即ちウィルス感染症、尿毒症、甲状腺機能低下症といった代謝性疾患、SLE、強皮症、MCTDなどの自己免疫性疾患などが心嚢液の原因としてよくある病態ですが、これらの場合は漿液性であり、血性心嚢液となりません。解離性大動脈瘤としては外傷歴もありませんし、画像診断で否定的です。心筋梗塞により自由壁穿孔を来して血性心嚢液を来すことがありますが、本例においては心電図所見、TTE所見からは否定的です。米国では比較的稀ながら結核性心膜炎も血性心嚢液を来しますが、本例は全身症状もみられず、胸部画像診断では肺結核を認めません。肺結核を伴わない結核性心膜炎もありますし、心嚢液の抗酸菌染色は60%が陰性です。心嚢液adenosine deaminase(ADA)活性も参考となります。悪性腫瘍による転移性心膜炎がアメリカではよくある血性胸水の原因で、肺癌、乳癌、食道癌が高頻度で、更に悪性黒色腫、リンパ腫、白血病、AIDS関連のカポジ肉腫など連なります。心嚢液の細胞診は特異度100%ですが感度はいろいろです。悪性腫瘍が原因として疑われる場合は心膜生検の適応も考慮されます。

本例では心嚢液細胞診は陰性で、背景からも悪性腫瘍はそれらしくありません。経皮的な心内処置、即ちペースメーカー留置、冠動脈形成術、カテーテルASD閉鎖術、カテーテル弁形成術などが血性心嚢液を来す可能性もあり、多くは突然発症します。本例には14年前にASD閉鎖術が実施されています。”device erosion”による穿孔の報告例があり、が多くは施行後半年以内に発症すると報告されていますが、3年以上経過後の発症例もあります。本例においてはCT所見で”Amlatzer septal occlude device”が比較的過大な印象があり、”devise erosion”の可能性が懸念されます。そして本例はdevice留置後8年で肥満手術により体重は大きく減少しています。 肥満手術により左房周囲、体格の変化(減少)をきたすとの報告が少ないながらあります。本例は肥満手術後の腹腔内合併症既往があり、横隔膜麻痺の有無の評価も必要となります、何故なら横隔膜麻痺が心形態の変化、それによる”devise erosion”の可能性も考えられるからです。本例には左房の形態変化による”device erosion”が心嚢液の原因として疑われます。経食道心エコー検査(TEE)、心CT、心MRIといった画像診断が有用と思われます。本例の臨床像は亜急性なので、心嚢内への血液の流出は確認されないかもしれません。

 <CLINICAL IMPRESSION> 14年前にされた心エコー所見では複雑型ASDに合致する所見で、心房中隔瘤を形成しており、2か所に孔が明らかでした。肺:大動脈血流比は2:1。経皮カテーテル的にsingle 30mm Amplatzer septal occlude deviceが留置され、閉鎖術が実施されました。その8年後に本例は胃縮小術を受けて体重は44kg減量します。

血性心嚢液は心房のサイズと位置変化によるdevice erosionが原因として考えられました。TEEと心CTAが実施され心臓外科を受診します。

<DIAGNOSTIC IMAGING> TEEではdeviceは定位にあり、歪み・変形もありません。deviceのdiscが後方で臓側心膜に突出しておりますが、心膜空への流出フローは明らかでありません。CTA所見では心嚢液は中等度血性で、deviceの位置は以前と著変ありません。前面で大動脈根部に接し、後面では心房壁に接しています。extravasationは認めません。

  <DISCUSSION OF SURGICAL MANAGEMENT> 経皮的アプローチでdevice erosionを回復することは困難と考えて、外科的にdevice除去する方針となりました。術中所見では中等度血性の心嚢液をドレナージした後にdeviceは可視されて慎重に除去されました。右上肺静脈に近接する部でdeviceの外側面が心外膜脂肪織に通じるerosionが明らかとなりましたが貫壁性の欠損は認められませんでした。自家心外膜で欠損部は閉鎖されました。術後のTEEでシャントはみられず、患者は術後第4病日に自宅に退院されました。

  <DISCUSSION OF MANAGEMENT> ASDのカテーテル的閉鎖術がされた場合、M.G.H.では退院後1か月、6か月、そして毎年1回5年間の身体診察、心電図、心エコーでのフォローアップがされて、更に生涯にわたり同様評価は1乃至2年毎に実施されています。胸痛、心膜性の訴えがあった場合には直ちに心臓医を受診します。ASDの経皮カテーテル的閉鎖術におけるdevice erosionは極めて稀な合併症ですが重篤です。およそ0.05~0.3%の頻度で発症すると推定されています。心房中隔の解剖学的な形態・位置、device size、使用するballoonの不適等がリスクとされています。device erosionは小児にも成人にも合併します。deviceが留置されてからdevice erosionを発症するまでの平均期間は14日とされ、30%は1日以内に発症、5%のみが5年以上経過してから発症するといわれています。最も多い臨床像は血性心嚢液或いはタンポナーデで、わずかですが心嚢液を認めずに心房大動脈瘻の報告があります。device erosionは致死的合併症で半数は診断後1日中に死亡します、成人にも小児においても心房大動脈瘻例に多いとされています。device erosionの標準治療は外科的な介入で、device除去と欠損部の閉鎖です。わずかですが心嚢液ドレナージの後に慎重な経過観察・保存的治療が成功した報告もあります。本例のように術後14年目の超後期発症例は稀です。発症前の顕著な体重減少により心房の大きさが減少したことが原因であったかもしれません。術後経過は良好で、無症状、4, 12, 24か月後のTTEで心嚢液は認められません。

 62歳の女性が、血性心嚢液・心タンポナーデを呈して来院されました。14年前に中隔瘤を伴うASDに対して経皮的カテーテル手術(閉鎖デバイス留置術・30mm径Amplatzer septal occlude device)がされています。5年半前に肥満手術(腹腔鏡下胃縮小術/腹壁形成術)を経験して、44kg減量しました。何と血性心嚢液の原因は減量に伴う、体格変化・心臓、そしてとりまく組織の形態的変化により閉鎖デバイスがミスマッチングした結果びらん/穿孔を来したとするものです。いやぁ、いろんなことがあるもんです(特にアメリカでは)。

<伊東ベテランズ 川合からの報告です>