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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 16-2023
A 13-Year-Old Boy with Depression and Hypotension 30.05.2023
Attention deficit-hyperactivity disorder (ADHD), borderline personality disorder, major depressive disorderを有する13歳の男の子が、うつ状態の悪化、自殺企図、自傷行為を主訴としてM.G.H.の救急外来を受診しました。12か月前に自殺企図が出現してから自傷行為と併せて10回救急外来を訪れ、6回は精神科病棟に入院しています。今回も興奮状態と攻撃性が顕著で機械的抑制を必要としました。他人を障害する意図はなく、妄想、パラノイドの状態はありません。guanfacineとlurasidoneを内服しています。薬物アレルギーはなく、喫煙、飲酒歴、違法薬の使用歴はありません。New Hampshireの市中に両親と女兄弟と暮らしています。来院時のバイタルに特記事項なく(BP133/78 , PR76)。自傷障害のリスクが強く懸念されて精神科入院施設への転送が考慮されるも、受け入れ先が見つからずに救急外来の精神科観察室に移動となります。その後、転院先が見つからずに救急観察室で6週間が経過することになり、guanfacineとlurasidoneに加えてsertraline, diphenhydramine, melatoninが投与開始されました。興奮状態を繰り返し、その都度経口clonidineと経口或いは筋注によるolanzapine投与が加えられました。第41病日に興奮状態が出現して経口olanzapineが追加投与されて、更にolanzapineが筋注投与されました。BT36.4℃, BP119/65, HR73, RR18, SpO2 98%でした。翌朝は新たな症状なくBP146/87, HR52でした。その12時間後にBP69/39, HR88となり、倦怠感とめまい、吐気、腹痛を訴えました。皮膚は蒼白で、衰弱が明らかでした。更に1時間後BP94/50, HR88。更に3時間後にはBP79/45, HR85でした。血培が提出されて、補液がされ、vancomycin, ceftriaxoneが投与されました。腹部・骨盤CT所見に特記事項なく、本例は小児一般病棟に入院となりました。
M.G.H.小児科のSchwartz先生の解説です。精神科的加療を受けている少年に救急外来・精神科経過観察室で第41病日に出現したshockについての考察です。
SHOCK状況が如何にあれ、criticalな状況であるshockに対して迅速な介入・対応を可能とするために、速やかな評価と原因究明が必要となります。
DISTRIBUTIVE SHOCK
最もcommonな原因と考えられる敗血症を本例においても最初に考慮されるべきで、然るべき対応がされました。しかし、発熱・頻脈はなく、末梢血白血球数が正常なことからは否定的です。
HYPOVOLEMIC SHOCK
小児shockの最もcommonな原因である脱水からくるhypovolemic shockについては、頻脈、皮膚の乾燥を欠いていることからはそれらしくありません。出血についても画像診断を併せて否定できです。
CARDIOGENIC SHOCK
最も考えやすいのは心筋炎です。更にウィルス感染に伴うものが一般的ですが、事前に胸痛、呼吸苦、他を伴います。Lyme carditisも考慮する必要はありますが房室ブロック、他の顕著な所見を認めていません。一応心電図の確認と血清troponin値の確認が必要です。
OBSTRUCTIVE SHOCK
心タンポナーデ、肺動脈血栓塞栓症、緊張性気胸の合併は否定的です。
MEDICATION EFFECT
本例は低血圧発症の12時間前に比較的高血圧と徐脈を呈しています。これらを統合して説明可能でしょうか。患者さんの内服薬と、その副作用、相互作用について踏み込んだ考察が必要です。sertraline, diphenhydramine, melatonin, lurasidoneについては低血圧合併の報告はありません。lurasidoneについてはguanfacineと併用で低血圧をきたす可能性があります。olanzapineは低血圧をきたしますが比較的徐脈を呈しません。guanfacineとclonidineは中枢性に働くα2-adrenergic agonistsで当初は降圧薬として使われましたが、行動障害、特にADHD症例に使用されるようになっています。両者ともに量的治療域が狭く、overdoseで傾眠傾向、徐脈、低血圧を来すと報告されています。更に両薬ともに持続性の低血圧の前に一過性の高血圧を来すことが知られています。本例についてはshockの原因としてこれら薬剤のoverdoseが最も疑わしく、当人に追加内服について問い質すことになると思います。
HOSPITAL COURSE AND CLINICAL IMPRESSION
本例にはM.G.H.の従来の方針として、院内では扱っていないguanfacine徐放薬を家にある薬瓶で院内に持ちこんでもらい、そこから必要分を患者にスタッフメンバーから渡すことになっていました。第41病日に投薬のために薬瓶を持って患者室内に入ったスタッフは急遽呼び出しのコールがあり、薬瓶を室内に放置して出てしまいました。本例に問い質したところ薬瓶から追加を内服したとのことでした。
DISCUSSION OF MANAGEMENT
近年小児におけるguanfacineのoverdoseに関する問い合わせが中毒センターに頻回に届くようになりました。guanfacineはまた前交感神経系の刺激によりβ-endorphineを分泌する作用があり、これがopioid receptorに働きopioid-like effectを有することが知られています。guanfacineは内服するとすぐに吸収されて70%はタンパクと結合して体内に広く分布します。半量は肝内で分解されて半量は腎から分泌・排出されます。半減期は17時間ですが作用時間は24時間以上です。出現したshockに対する治療はあくまで支持療法で、補液とnorepinephrine投与です。徐脈に対してatropineも使われますし、opioid-like effectに対しては拮抗薬としてnaloxone投与も考慮されますが限界があります。本例は補液にて血圧は安定化して、確認された心電図検査では洞調律・正常でした。血培は陰性、抗生物質投与は中止されました。腹痛もなくなりました。第47病日に本例は精神科入院施設に転送され、48日間加療された後、更に長期入院施設に転院となり、1年間の継続加療を受けた後に帰宅します。本例事案を機にM.G.H.では内服薬・分配に薬瓶を移動する通例は廃止されました。
MENTAL HEALTH CRISIS IN CHILDREN
covid-19 pandemicの中、自殺企図を含む小児精神科救急症例は圧倒的に増加しました。本例もpandemic下での案件でした。症例の著増に対してもともと医療資源不足にあった領域が浮き彫りとなり、危機的状況になっているといえます。
ACCESS TO PSYCHIATRIC CARE
本案件に象徴されますように、アメリカでは小児精神科救急に対する入院施設・加療体制の整備が急務と思われます。州を越えた転院にもハードルがあるのが現状です。
今回の症例は小児精神科救急のありかたについて、現状での大きな問題を提起することになりました。小児精神科救急の現状は、医師も併せて医療資源が圧倒的に少ないことがアメリカ社会で大きな問題となっていると、田中先生からも紹介がありました。振り返ってみるとこの点で日本はもっと深刻な状況でないのかしら?と思うのですが、地域の救急医療に関わる中で、あまり真剣に考えたことがありませんでした(大人の精神科救急ではさんざん苦労したことが思い出されるのに)。
<伊東ベテランズ 川合からの報告です>