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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 21-2023
A 61-Year-Old Man with Eyelid Swelling 18.07.2023
61歳の男性がM.G.H.の関連病院眼科に下眼瞼の腫脹を主訴に来院されました。最初は8年前に眼瞼の軽度浮腫みが出現して朝方が顕著、日中には消失していました。5年前には症状は徐々に増悪傾向を認めて一日中みられました。当時、彼は緑内障を指摘されており、眼瞼腫脹による視野障害が出現した折に治療中の眼科医に相談することになりました。皮膚弛緩症と診断されて下垂が示唆され、M.G.H.関連病院の眼科形成外科に紹介されました。彼は読書、運転に支障があり、時に複視があると訴えました。更に1時間で改善する“朝のこわばり”と、左股関節痛、左下肢の感覚異常を訴えておりました。今回から数えて31年前にHIV感染症を指摘されて以来antiretroviral therapyが成され、良好にコントロールされていますが、副作用としてlipodystrophyを合併しています。他の既往歴としてcarpal tunnel syndrome、白内障、うつ状態、脂質異常症、高血圧症、アレルギー性鼻炎、睡眠時無呼吸、気管支喘息、解放隅角緑内障があります。手術歴としてはcarpal tunnel release、眼内レンズ留置、 lipodystrophyによる後頚部脂質過形成に対する脂質除去術等があります。使用薬はantiretroviral therapy(elvitegravir, cobicistat, emtricitabine, tenofovir alafenamide)、bupropion、fluoxetine、triamterene、amlodipine、atorvastatin、inhaled albuterol、topical testosteroneです。造影剤で皮疹歴があり、FloridaとNew Englandに暮らしています。喫煙歴なく機会飲酒歴のみです。不法薬の使用歴はありません。診察すると20/25、20/30の軽度視力低下があり、両側で外眼筋の運動障害を伴います。眼瞼は両側で浮腫を伴い下垂しています。上眼瞼は発赤を伴います。眼球は圧迫に対して中等度の抵抗があり、軽度の眼球突出を伴います。Slit-lamp検査で前房に異常なし。眼底には緑内障に一致するdiskの異常を認めました。巨舌がありました。後頚部に脂肪過形成を認めます。検査結果では甲状腺機能正常、抗甲状腺抗体は陰性でした。画像診断(CT・MRI)では両側で外眼筋の腫脹、”fat-stranding”があり、眼球周囲、眼瞼間の皮膚、視神経周囲の軟部組織肥厚が明らかでした。検査結果ではangiotensin converting enzyme(ACE), lysozyme, CRPの値は何れも正常。血沈は時間22(<20)、IgG1980(767-1590)、IgG4値は正常でした。ANCAsは陰性、rapid plasma regain test陰性、結核菌に対するinterferon-γassayも陰性でした。
DIFFERENTIAL DIAGNOSIS M.G.H.の眼科Natalie Wolkow先生の解説です。本例の病像は両側眼窩の慢性炎症を示唆するものです。
TYROID EYE DISEASE 眼窩の炎症を来す最も頻度の高い病態です。全身性疾患として甲状腺疾患が診断されるときに20%が眼病変を有しています。ほとんどの症例では病状の進行は1・2年で、その後改善します。本例については経過が長いですし、何より血清の関連検査結果が全て正常でした。
CANCER 転移性悪性腫瘍、悪性リンパ腫、白血病、傍腫瘍症候群などで外眼筋の腫大と炎症が考慮されます。本例には原発病変を示唆する臨床像がありませんし、経過が8年と長すぎます。
CHRONIC INTRAORBITAL MYOSITIS 幾つかの慢性炎症性疾患が外眼筋を中心に眼窩の炎症を来します。サルコイドーシスは可能性がありますが通常涙腺の腫大を伴います。IgG4関連疾患も考慮されねばなりませんが、やはり涙腺腫脹と三叉神経分枝の腫脹が特徴です。IgG, IgG4値が正常であっても否定できるものではありませんが、やはり病像が異なります。orbital granulomatosis with polyangiitisも考慮される必要がありますが、やはり涙腺腫脹や眼内腫瘤を形成します。そして本例ではANCA陰性でした。
MEDICATION-INDUCED ORBITAL MYOSITIS 薬の副作用で起こる眼窩の炎症としてはbiphosphonates、免疫チェックポイント阻害剤を原因薬として考慮する必要がありますが、本例では使用歴がありません。HIV感染治療としてantiretroviral therapyがされた場合にはimmune reconstructing syndrome(IRIS)の可能性も考慮されるべきですが、通常は急性疾患です。
HIV-RELATED LIPODYSTROPHY lipodystrophyの病態生理は明らかでなく、脂肪委縮も脂肪過形成も来します。本例では脂肪除去術歴もあります。しかし、顔面での脂肪過形成の発現は稀で眼窩病変の報告はありません。
以上、挙げられた鑑別診断は何れも本例の病像に合致するものとなりません。彼には”朝のこわばり“、股関節痛、下肢の感覚障害といった全身症状がありリウマチ科での評価もされました。そのころ新たな症状として労作時呼吸困難が出現して心筋症の診断を受けることになります。という訳でこれまで確認されている全身症状と併せて全身性アミロイドーシスが疑われることになりました。
AMYLOIDOSIS アミロイドーシスはあらゆる臓器を傷害する可能性がありますが、眼病変は相当稀です。アミロイドーシスの局所病変として眼病変をきたす場合、ほとんどは片側と報告されています。更にアミロイドーシスの眼窩病変は通常炎症を合併しません。という訳で私は当初本例をアミロイドーシスとは考えていませんでした。しかしながらアミロイドーシスが外眼筋、眼窩軟部組織、或いは神経組織に沈着して炎症を合併することは可能性として否定はできません。本例に見られた長期にわたる進行性の経過、carpal tunnel syndromeの合併、更に新たな心筋症の合併などは全身性アミロイドーシスに合致します。
確定診断には組織生検による病理組織所見によりますが、外眼筋の生検は全身麻酔を要し永久的な複視を来すリスクもあり、本例には局麻による眼瞼の皮膚、脂肪織生検が実施されました。
PATHOLOGICAL DISCUSSION 眼瞼生検による病理組織所見ではH-E染色、Congo-red染色にて組織に沈着するアミロイドが確診されました。更に骨髄生検の病理組織所見により10~20%の腫瘍性形質細胞の増殖が確認されて、IgG lambda monoclonal protein 産生が明らかになりました。
DISCUSSION OF AMYROIDOSIS MANAGEMENT 生命的予後を規定する心アミロイドーシスの合併は本例では認められませんでした。眼病変については初期の網膜病変が確認されました。標準的な治療とされるdaratumumab, cyclophosphamide, bortezomib, dexamethasoneによる6サイクルの治療がされて完解が得られて、現在はdaratumumabによる維持療法が継続されています。performance status は良好で寛解が得られなかった場合は自家幹細胞移植療法が考慮されていました。
眼瞼腫脹という局所的(ただし両側)所見が、画像診断により眼窩(と周囲)軟部組織の変化が病態の本質であることが示唆されました。私なんぞにとっては、すぐに思いつくのが甲状腺疾患関連眼症ですが、本解説で示されたように鑑別診断は大変に広範です。何とその中で、経過中に呼吸困難と心筋症が明らかになって全身性のアミロイド―シスが疑われます。
踏み込んで精査すると病理組織学的に眼窩軟部組織のアミロイド沈着が証明されて、更にM蛋白血症が明らかとなり、骨髄中に腫瘍性形質細胞の増殖が確認され、実施された抗癌化学療法が著効したというダイナミックなシナリオでした。やはり臨床って奥深くて興味深いもんだとつくづく感心させられます。
<伊東ベテランズ 川合からの報告です>