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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 23-2023
A 21-Year-Old Man with Progressive Dyspnea 01.08.2023
21歳の男子学生がコロナパンデミック2019の前に進行性の呼吸困難を主訴にBrigham and Women’s Hospital(B.W.H.)の心臓クリニックを受診しました。10代の初期に患者は間欠的な呼吸苦を主訴に受診歴があり、運動誘発喘息の診断でmontelukastとalbuterol inhalerが頓用処方されましたがこの2年間使用していません。7か月前になると呼吸苦の進行に気付き、呼吸苦は特に斜面の歩行、荷物の運搬、バレーボールといった運動中に顕著でした。友人らは運動中に“持続”が効かないとコメントしています。6日前に患者はB.W.H.関連病院のかかりつけ医を受診してelectrocardiogram (ECG)とtransthoracic echocardiography(TTE)、胸部単純写真が実施されて、ECGでは右脚ブロックと右室肥大を、TTEでは右室の拡大、高度運動低下、肥大を認め、推定収縮期圧は84mmHgでした。更に右房の拡張、心室中隔の”flattering”、中等度から高度の3尖弁閉鎖不全と下大静脈の拡張が明らかとなりました。胸部単純写真では肺門の拡張と右上腹部の不整石灰化を認めました。他院の救急外来を紹介されて受診、身体所見ではBP130/82, HR77, RR20, SpO2 93%(ambient air)でした。他に特記すべき異常なし。一般検査所見ではAST61(6-40), ALT48(10-49), ALP160(45-115), Tbil2.1(0.3-1.2)と軽度の肝機能障害を認めるのみです。攪拌生食静注による心エコー検査(“bubble study”)ではASDは明らかでなく、卵円孔での右→左シャントを認めました。pulmonary embolism protocolによる造影胸部CT所見では 肺血栓症は認めませんでしたが、肺動脈主幹は39mmと拡大して同区域枝も拡張していました。肝右葉には径45mmの範囲で石灰化を認めました。B.W.H.の心臓クリニックを紹介されて来院、症状としては“いびき”と階段を3段程度上ると呼吸苦が出現すると訴えました。陰性所見は胸痛、圧迫感、浮腫、起坐呼吸、夜間の呼吸困難、黄疸、腹痛、腹満、排便障害、食思不振、発毛‣爪の異常、皮疹です。既往歴には出血を伴う内痔核、足首の捻挫があります。注意障害にmethylphenidate, atomoxetineの内服歴があります。幾つかサプリメントを服用しており、その成分はrhodiola extract, phosphatidylserine, melatonin, astaxanthin, glutamine, glycine, 5-hydroxytriptophan taurine, theanine, tyrosineです。以前にはprotein shakeとcreatine supplementを摂取していました。インフルエンザワクチン他、必要な予防接種を学校で受けています。地方のcollege studentで最近までは週3回ジムで有酸素運動していました。喫煙、マリファナ、違法薬の摂取歴はありません。ルームメイトと暮らし、アレルギー、特記すべき環境暴露歴はありません。家族歴としては父がIBD,父方の親類に冠動脈疾患、母方祖父に心筋梗塞(70代)、大腸癌とCOPDが母方祖母、そして喘息が叔母にあります。兄弟は健康です。バイタルサインはBP120/72(rt. arm), 122/72(lt. arm), HR81, RR16, SpO2 95%(ambient air)、階段を2段上るとSpO2は90%まで下がりました。体重は78.9kg、BMIは27.6でした。経静脈圧は14cmH2O、心音でP2音が亢進、3/6の収縮期雑音が胸骨左縁で聴取されました。clubbingが手足指にみられましたがcyanosisを認めません。呼吸機能は正常、DLCOが71%と低下しています。右心カテが実施されて右房圧は6mmHg、右室圧は90/7mmHg、肺動脈圧は89/28mmHg、肺動脈喫入圧は8mmHgでした。酸素分圧が中心静脈で67%(60-70)、混合静脈で71%(65-75)、動脈で91%でした。心拍出量は6.2L/min、肺血管抵抗値は8Wood unitsでした。nitric oxide 30ppmを吸入後の平均肺動脈圧は52mmHg、心拍出量は6.0L/min.でした。
DIFFERENTIAL DIAGNOSIS B.W.H.内科のBradley A. Maron先生の解説です。
本例は右心カテ検査で肺動脈圧が20mmHgを越えている明らかな肺動脈高血圧症です。肺動脈高血圧では臨床像、病態生理、経過が様々です。多くの患者において特に若年者、では初期の症状は非特異的で更に軽度です。それ故に当初はcommonな心肺疾患、例えば本例では喘息と診断されたように誤診されるかもしれません。結果として労作時呼吸困難は非特異的ではありますが本例にみられたように長期にわたり診断の遅れにつながります。
HEMODYNAMIC CLASSIFICATION OF PULMONARY HYPERTENSION 肺高血圧症の管理には二つの特異的、かつ統合的な分類が必要です。すなわち循環動態分類と臨床分類です。血流増加による一過性の肺高血圧が知られており、貧血や感染症が原因となります。しかしこれら病態は肺血管抵抗の増加は伴いません。という訳で毛細血管前肺高血圧症の診断には肺血管抵抗が2 Wood unitsを超えると定義されます。一方毛細血管後肺高血圧の診断には肺喫入圧が15mmHgを超えると定義されます(肺喫入圧は左室拡張終期圧を反映しています)。本例では肺動脈圧は57mmHg、肺血管抵抗は8 Wood unitsと計算されて重症の毛細血管前肺高血圧症と診断できます(肺動脈喫入圧は正常)。
CLINICAL CLASSIFICATION OF PULMONARY HYPERTENSION 肺高血圧症はWorld Symposium on Pulmonary Hypertensionにおいてgroup1~5の5つ分類され、毛細血管前肺動脈高血圧症は、group 1(pulmonary arterial hypertension)、group 3(pulmonary hypertension associated with lung disease or driven by hypoxemia)、group 4(pulmonary hypertension associated chronic thromboembolic pulmonary arterial obstruction) に該当すると思われます。因みにgroup 2(postcapillary pulmonary hypertension associated with left heart disease)、group 5(pulmonary hypertension due to unclear or multifactorial mechanism)とされています。
Group 3 Pulmonary Hypertension 呼吸機能検査からも画像診断からも肺病変は明らかでありません。
Group 4 Pulmonary Hypertension 本例には臨床的にも画像診断的にも肺動脈の血栓症、閉塞を示唆する所見はありません。
Group 1 Pulmonary Hypertension この分類には遺伝性、薬剤・毒物、膠原病、一部の感染症(HIV感染症、住血吸虫症など)、portopulmonary hypertensionとして知られる門脈圧亢進症、そして心外シャントも含む先天性心疾患が肺高血圧の原因として含まれます。
BMR2遺伝子(the gene that encodes bone morphogenetic protein receptor type )変異を原因とする遺伝子性肺動脈高血圧症もありますが本例には家族歴がありません。サプリメントの成分の中には肺高血圧の原因となると可能性のある5-hydroxytriptophanが含まれます。薬物の中には anorexigen(fenfluramine, phentermine)、chemotherapeutics(dasatinib and other tyrosine kinase inhibitor), stimulants(methamphetamine)などがあります。本例では病歴よりこれらは否定されます。本例のTTE所見や臨床像を統合すると右心系を中心とした慢性的なhyperdynamicな循環動態が肺高血圧症の原因になっているようです。ASDなどの心内シャント、更には肺静脈、静脈系体循環、門脈系での動静脈シャントが原因として報告されています。本例では画像診断で肝石灰化や下大静脈の拡張が指摘されており、肝・門脈循環の異常も原因として否定はできません。
CLINICAL IMPRESSION 前述に併せて検査所見に肝障害もあり、腹部画像診断をしました。
IMAGING STUDY 腹部超音波検査と同造影MRI所見でみると肝動脈の拡張、門脈の欠損と上腸間膜静脈の右腸骨静脈へのシャントが明らかとなりました。上腸間膜静脈と脾静脈は共通幹として下大静脈にシャントを形成することになります。更に肝内には”focal nodular hyperplasia”を疑わせる多発腫瘤と一部石灰化を認めました
DISCUSSION OF LIVER MANAGEMENT congenital extrahepatic portosystemic shunt(CEPS)はAbernethy malformationとも呼ばれますが、門脈の完全欠損を示すType 1と門脈の不完全欠損を伴うType 2とに分類されています。CEPSは30000~50000件当たり1件の発生頻度といわれ、3分の2の症例に他の先天奇形を伴うとされます。 ほとんどのCEPS症例は無症状ですが30%は有症状とも報告されて、肝性脳症、門脈・肺動脈圧亢進症、肝肺症候群、肝腫瘍を合併します。無症状者には経過観察が推奨されて、有症状者の治療はType1 CEPSでは肝移植が唯一の治療法とされます。Type1 CEPSと診断された中にもシャント閉鎖すると、肝内に低形成・門脈循環が確認されるとの報告もあります。
DISCUSSION OF PULMONARY MANAGEMENT 門脈・肺動脈圧亢進症の多くは肝硬変に合併しますが本例ではCEPSが原因と考えられました。唯一の治療となる肝移植の前に肺高血圧のコントロールが必要となります。Retrospective analysisによると肝移植の生命予後について肺動脈圧が50mmHgを越えると死亡率は100%、同30-50mmHgで肺血管抵抗が3.125Wood units以上の時には50%とされています。本例ではtadalafilとambrisentanで治療が開始されました。更にinhaled treprostinilが追加されました。そして術前MRI[検査では肝癌が疑われて肝生検が施行されました。
PATHOLOGICAL DISCUSSION 肝臓はグリソン鞘に門脈が欠損しており、動脈系の過形成など様々な血管異常を伴っています。腫瘤は中心に瘢痕を伴う典型的な”focal nodular hyperplasia”の像でした(後に実施された肝移植による切除肝の所見も併せます)。
FOLLOW-UP 本例は肺高血圧症のコントロールにinhaled treprostinilに替えてintravenous epoprostenolによって良好な状態となり、無事肝移植が実施されました。epoprostenol投与は中止されて、右心カテでは肺動脈抵抗は正常化していました。tadalafilも中止されましたが、肺血管抵抗値と肺動脈圧が増高が再燃したために再開され、経過は良好です。肝移植後8年、tadalafilとambrisentanが継続投与されてTTEで右心機能は正常、移植肝機能は正常、ADLも良好です。
本例の肺動脈高血圧は門脈・下大静脈シャントcongenital extrahepatic portosystemic shunt(CEPS)に伴う門脈・肺高血圧症がその原因でした。そういえば5年以上前になりますがAmerican College of Physicians(ACP) に、当時の内科専攻医・木村先生が「A case of non-cirrhotic portosystemic encephalopathy complicated with peribiliary cysts.」とういタイトルで発表した症例を思い出しました。今回の解説からするとCEPS Type2に相当するんだろうなと、懐かしく”Power Point”ファイルを振り返っています。
< 伊東ベテランズ 川合からの報告です >