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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 17-2023
A 58-Year-Old Woman with Fatigue, Abdominal Bloating, and Eosinophilia 13.06.2023
58歳の女性が倦怠感、腹満、好酸球増多症を主訴にM.G.H.感染症外来を受診されました。彼女は8か月前にコンゴ共和国で雨中の森を歩いていて転倒、右脛骨を骨折しました。
コンゴ旅行の1月の間に裸足で歩いたり、川、湖で泳いだりしています。地域の病院で負傷部に出血を認め輸血を受け、状態が安定化後アメリカに転送されました。次の病院で末梢血好酸球数が3530/μlと高値でした。骨折は手術され帰宅しました。彼女は4年程前から体重増加と倦怠感を自覚するようになり、閉経のためと思っていました、骨折のエピソードの後に訴えは顕著になってきました。1か月前の時点で体重増加は8.6kgとなり、腹満感も出現します。2週間前にNEW ENGLANDに転居してM.G.H.の総診を受診します。症状は急な増悪傾向にあり体重増加は13.6kgになっていました。感染症内科に紹介されます。
既往歴には慢性偏頭痛と高脂血症があります。review of systemとして、軽度の咳と骨折後に出現した右膝の腫脹を認めます。発熱、熱感、寝汗、頭痛、息切れ、胸痛、腹痛、下痢、吐気、嘔吐、筋肉痛、関節痛、皮疹を認めませんでした。最近の内服はlevothyroxineとprobioticsです。アレルギーはありません。渡航歴としては南西部アメリカ、北部、東部アフリカ、西ヨーロッパ、南、東南アジアです。NEW ENGLANDの郊外に夫と猫と一緒に暮らしています、家内にカビを認めます。喫煙、飲酒歴なく、違法薬はやりません。バイタルサインに異常なく、身体診察に特記すべきことありません、右膝、同下腿に術後瘢痕を認めます。皮膚に異常ありません。末梢血好酸球数は1760/μl、syphilis, HIV, strongiloidiasis検査は陰性でした。胸腹部造影CT検査所見では縦郭リンパ節の石灰化以外に特記すべき異常を認めませんでした。
Boston大学医学部内科Hoschberg先生の解説です。好酸球増多症の鑑別診断です。
NONINFECTIOUS CAUSES OF EOSINOPHILIA
薬、血液疾患、悪性腫瘍、アレルギー、喘息、リウマチ疾患、副腎不全、好酸球増多症候群、Gleich’s syndrome、他が考察されますが本例の臨床像に合致しません。
INFECTIOUS CASES OF EOSINOPHILIA
Nonhelminthic InfectionsとしてEBV感染、coccidioidomycosis、histoplasmosis、tuberculosis、他、何れも症状が異なります。Helminthic Infectionsは本例の渡航歴、病像から最も疑わしい病態です。アメリカにみる旅行者の好酸球増多症において14-64%は蠕虫症だと報告されます。肺・肝吸虫症、フィラリア症、内臓幼虫移行症、鉤虫症、旋毛虫症などの寄生虫が組織内を移動しながら増殖する場合には比較的長期の好酸球増多症が持続することになりますが、消化管内を移動、増殖する場合には好酸球増多は軽度となります。潜伏期についてみると、寄生虫が最終的に到達する臓器までの時間によるので、回虫症や鉤虫症は2・3週、住血吸虫症や肝蛭など吸虫症は数か月です。本例は比較的軽度の症状が出現するのに8か月以上を経ていることを考慮すると潜伏期の長期化するフィラリア症が疑わしくなります。川、湖などへの暴露歴もフィラリア症を疑わせます。地域疫学的考察が最も重要で、アフリカ以外では糞線虫症、或いは消化管寄生虫症が最も多い蠕虫症で、西アフリカ以外のアフリカでは住血吸虫症が最多、次が糞線虫症です。西アフリカではフィラリア症が多く認められます、コンゴは西アフリカに接する国です。
FIRALIAL INFECTIONS
本例は複数種のフィラリア症からなるリンパフィラリア症が疑わしく思われます。本例において最も疑わしいフィラリアはonchocerciasisとmansonellosisです。onchocerciasisはコンゴで比較的多くみられ、失明につながる病態です。感染期間は長期旅行者に多く、6から12か月、多くは2年の長期旅行者が多いと報告されます。濃厚暴露があれば比較的短い期間での感染も考えられます。旅行者での発症までの期間は平均1・2年とされ、20%超は無症状です。症状としては痒疹が多く眼病変は極めて稀です。一方mansonellosisはコンゴでみられ、集計例からの報告では旅行期間は短期で4週間、平均滞在期間は5年近いとされます。ほとんどの症例は無症状であっても倦怠感などの非特異的症状です。一過性の皮下腫脹、眼症状も報告されています。両者とも可能性がありますが、比較的短期旅行での感染を考慮するとmansonellosisがより疑われます。診断は濃縮血のスメアで微生物を確認することです。フィラリア感染の有無は血清学的検査でも可能ですが、感染既往と現感染を区別できず、感染種別は明らかになりません。本例ではKnott’s concentration methodによる濃縮血液スメアのグラム染色でフィラリア症(microfilaria)が確認され、更にPCR法でM. perstansが同定されました。M. perstansはmidge biteにより皮膚から感染して、成熟に数か月を要します。成虫になると腹膜、胸膜、心嚢など漿膜に存在します。成虫は10年以上生存するそうです。ほとんどの症例は無症状ですが、一過性皮下腫脹(“Calabar swelling”類似)、漿膜炎を認めます。角膜結節、髄膜脳炎、肝炎の報告もありますが稀です。非特異的症状として痒疹、蕁麻疹、関節痛、筋肉痛、顕著な倦怠感、腹部症状などが多く報告されています。好酸球増多症も多く認められます。
DISCUSSION OF MNAGEMENT
抗蠕虫症薬については多くの薬品(駆虫薬)が単剤或いは複数剤併用として投薬されてきましたが、長期投与でも著効するとの確実性は報告されていません。更にフィラリア虫体内には”wolbachia”という共生細菌が存在することが知られ、宿主たるフィラリアの生殖・増殖に影響し、その駆虫効果にも微妙に影響することが懸念されています。抗生物質であるdoxycyclineが相当な効果を持つことも知られています。治療によりmicrofilaria(成虫adult wormはmacrofilariaと呼ばれます)は3か月くらいかけて少なくなりますが、完全に駆虫されるのに1年くらいかかります(その間好酸球増多症が継続して認められる)。本例はdoxycyclineが連日6週間投与されて前後にivermectinが投与されました。倦怠感は徐々に消失して、腹満は継続しています。元気に海外旅行しています。一年後の再検査で末梢血好酸球数は530/μlでした。帰国後に濃縮血液スメアでフィラリアを確認する予定です。
フィラリア症は現在では犬の病気だと思っていたなんて私だけでしょうか。ベテランズの一人宇田先生は鹿児島県出身です。昔は南九州、沖縄地方ではバンクロフト糸状虫症が流行っていてリンパ系フィラリア症を呈して“象皮病”と呼ばれていたと教えて下さいました。
かの西郷隆盛さんも罹患していたのだそうです。そういえば“上野の西郷さん”の足は随分と立派だよな、なんて妙に感じ入ってしまいました。日本では別にマレイ糸状虫症が八丈小島でみられたそうで、何れも公衆衛生の力で1970年代には撲滅されたそうです。ベテランズ築地先生の話。私の出身県・山梨県や筑後川流域では地方病として日本住血吸虫症が有名ですが、やはり山梨県では1996年に、筑後川流域では2000年に撲滅宣言がされました。やはり、頼りの公衆衛生の力です。私が研修医の頃には肝臓を超音波検査で観察していると、日本住血吸虫の虫卵石灰化(死虫卵)が珍しくなく認めらたことも思い出されました。
<伊東ベテランズ 川合からの報告です>