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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 Case 19-2023
An 80-Year-Old Man with Left Foot Drop 27.06.2023
80歳の男性が左の下垂足を主訴にM.G.H.神経内科外来を受診されました。彼は5年前に歩行時左足が地面を引きずることが出現して、これを防ぐために意図的に足を挙上するという経験を初めてしました。次の2年間に足関節を背反する力は進行性に衰えました。そして補助具を装着することになりました。1年前に関連病院の神経内科を受診することになり、そこで左下垂足に加えて不安定性により転倒することがあると訴えました。診察すると左膝下部の筋肉の萎縮を認め、足関節の背反と外転に関わる筋力の低下が明らかでした。pinprick sensationが両側大腿以下で、振動覚が両側足で低下していました。血液検査に特記すべき異常を認めず、梅毒検査、抗核抗体、sulfate-3-glucuronyl paragloboside、myelin-associated glycoprotein、paraneoplastic autoantibody panelは何れも陰性でした。血清CKは456(<194)、aldolase5.8(<8.1)でした。脳のMRI検査所見に特記すべき異常なく、腰椎のMRI検査所見では複数の椎間板ヘルニアとそれによる軽度の脊柱管狭窄を認めました。左下肢のEMGではL5, S1レベルでの根障害に一致する所見でした。患者は更なる精査を拒否され、改善のみられない1年後の今回、精査目的にM.G.H.を受診しました。彼は引き続き左下垂足があり下背部の軽度疼痛があるといいます。膀胱直腸障害を認めません。複視なく、聴力正常、呼吸、嚙むこと、飲み込みに異常ありません。既往歴に高血圧、高脂血症、前立腺癌で4年前に照射歴あります。内服はaspirin, hydrochlorothiazide, lisinopril, metoprolol, simbastatinです。結婚しており、NEW ENGLANDに暮らしています。保険会社を退職しています。喫煙歴は1日1箱を30年、30年前から禁煙しています。飲酒は1日4杯。家族歴で妹さんに乳癌があり、父親は70歳台に食道癌で亡くなっています。診察するとバイタルに特記事項なく、BMIは26.1。steppage gaitで左優位に下垂足を認めます。左踵では歩けませんが左つま先では可能です。tandem gaitも可能です。右側優位・両側の顔面筋の筋力低下を認め、非対照な笑み、閉眼力と頬膨らませ力の減弱を認めました。外眼筋に問題なく、顎、口蓋、舌に異常ありません。肩をすくめるのは非対称で肩挙上は右で低下傾向です。肩周囲の筋量は低下して右に優位、ふくらはぎも委縮傾向です。筋緊張は全体で軽度低下、筋攣縮は認めません。翼状肩甲が顕著で、右優位でした。筋力は右/左でみると、肩の外転は4/4+、足背で5/3、つま先で4+/4、足関節内転で5/4+、足関節外転で5/4-でした。股関節は両側で4+でした。頚部の屈曲・伸展、肘、手関節、膝、手掌の屈曲・伸展は正常でした。深部腱反射は2頭筋、3頭筋で1+、膝で2+でしたが足関節では消失していました。足底反射は屈曲。pinprick覚と温覚は両側大腿で消失、両足関節で振動覚の低下を認めました。MRI検査所見では以前と同様です。
DIFFERETIAL DIAGNOSIS
M.G.H.神経内科のGonzales-Peter先生の解説です。型通り、本例の訴えと神経所見より、原因となる局在診断を考えます。central nervous system(CNS)とperipheral nervous system(PNS)についても考察します。
CNS DISORERS
homunculus(大脳表面に投影された小人像)から考えても左側の下垂足がCNS異常で発症するのは相当稀です。CNS異常からすると筋のtoneは亢進するでしょうし、クローヌス、腱反射亢進、足底反射の背屈が見られるでしょう。何よりMRI検査所見に特記すべきことがありませんでした。parkinsonizmにみられるジストニアが下垂足に似た病像を呈することがありますが本例の病像とは異なります。
FOCAL PNS DISORDERS
下垂足についてはgeneralized PNS disorder例よりもfocal PNS disorder例により多く認められると考えられます。即ち、腓骨神経症、坐骨神経症、腰仙骨神経叢障害、L5根障害といった病態です。しかしこれら障害の場合には神経支配領域に症状が拡がることが予想されますし、痛みや感覚障害が顕著となるはずです。更に下垂足のみならず本例にみられる多発する症状を説明できません。
GENERALIZED PNS DISORDERS
以下四つの病態について考察します。
Neuromuscular-Junction Disorders
myasthenia gravisとLambert-Eaton myasthenic syndromeに代表される病態ですが、本例とは病像が異なります。
Neurogenic Disorders
Charcot-Marie-Tooth disease type C1、spinal muscular atrophy、amyotrophic lateral sclerosis(ALS)等がscapuloperoneal syndromeを来しますが、何れも臨床像が本例と異なります。
Distinguishing Neurogenic from Myopathic Disorders
neurogenic causeを本例の病因として考える場合、神経支配領域(筋)に委縮などが拡がるのではないかと予想されます。
更に本例のscapuloperoneal syndromeがneurogenic causeで説明される場合は多くは対称性にみられますが、本例は著しく非対称性な所見です。解剖学的な進展性も鑑別に役立ちます。成人発症のscapuloperoneal syndromeでneurogenic causeの場合、多くは末梢から中枢に向かって症状が進行します(centripetal spreading)、本例には潜在的に顔面筋、肩甲筋などの近位側の筋障害が若年時から発症していたにもかかわらず、症状として明らかになっていなかった可能性が推測されます。一方myopathic causeの場合には症状は逆に中枢から抹消に進展します(centrifugal spreading)。EMG所見はradiculopathyに一致する神経原性異常を示唆する結果でしたが、これは椎間板ヘルニアによる根障害が合併していたとすれば説明可能です。
Myopathic Disorders
本例の病像はmyopathic disordersが考えられ、facioscapulohumeral muscular dystrophy(FSHD)、Emery-Dreifuss muscular dystrophy、
limb-gurdle muscular dystrophy、 myofibrillar myopathy、congenital myopathy、Pompe disease等が鑑別されます。その中で本例の病像に最も一致するのはFSHDだと思われます。
FACIOSCAPLOHUMERAL MUSCULAR DYSTROPHY
FSHD/顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーは成人のmuscular dystrophyの中でmyotonic dystrophy type1に次ぐ頻度でみられる病態で、遺伝性、或はde novo変異で発症して、15000から20000人当たり1人の発生頻度と言われています。遺伝子変異様式から全体の95%を占めるtype1と5%を占めるtype2とに分類されます。第4染色体長腕末端(4q35)には、D4Z4と呼ばれる配列があります。type1ではこの部分に欠失があり、type2ではこの部のmethyl化が障害され、何れもDUX4 proteinと呼ばれる蛋白が異常発現してtoxic effectをきたすと考えられています。多くは(centrifugal spreading)に筋障害が進行して顔面の筋力低下などには気付かれず、本例の如く晩年に末梢下肢の筋力低下で気付くことになります。
DIAGNOSTIC TESTING
電気生理学的検査としては前脛骨筋における神経伝導検査とEMG検査が実施されました。神経伝導検査では腓骨神経の非対称性low amplitudeがみられてL5根障害、MG、myopathyが鑑別となりました。前脛骨筋におけるEMG検査所見ではmyopathic processを示唆する結果でした。臨床像とこの結果よりFSHDの診断となり、同意の上に遺伝子検査してFSHD type1の診断が確定されました。
DISCUSSION OF MANAGEMENT
FSHDの治療は筋力低下と筋以外の病像に関わる病態が対象となります。筋力低下については他のmyopathic processには無効な有酸素運動が効果あると言われています。本例は体幹の筋力強化とバランス保持のトレーニングがされて、足関節の装具が使用されました。筋以外の病像として聴力低下は本例には認められず、網膜症の所見も見られませんでした。肺の拘束性障害も明らかでありませんでした。10年後のフォローアップでは全身的に少しずつ筋委縮と筋力低下が進行しています。
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー/Facioscapulohumeral muscular dystrophy(FSHD)という病名は相当以前に(もしかして学生時代)に聞いた覚えがある、なんてのは私だけなのでしょうか。本文解説にあるように20000人に1人以上の発生頻度であるというので、実はここ伊東にも5人前後は存在することになります(単純計算はいけないかもしれません)。当院の救急に意識障害で搬送された患者さんが、呼吸不全・CO2-narcosisが原因で挿管・人工呼吸管理となり、Amyotrophic Lateral Sclerosis(ALS)の診断にゆきついてびっくりしたことを思い出しました。更に似たようなALS初診患者さんを経験して、稀な病態が結構身近にいることを妙に納得した覚えがあります。大病院で消化器内科をしていた私が、20年以上前に当院に赴任したころの経験です。
< 伊東ベテランズ 川合からの報告です >