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CLINICAL PROBLEM-SOLVING
A Breathtaking Discovery 07.02.2023
NEJMは<CASE RECORs of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITAL>が3週継続されて1週休みになっていますが、その休みの週には<CLINICAL PROBLEM-SOLVING>が掲載される形になっており、我々も合せて抄読しています。今回は今年(2023年)第1回の<CLINICAL PROBLEM-SOLVING>の紹介です。Brigham and Women`s Hospital内科からの出題と解説です。
76歳の男性が2021年の夏に労作時呼吸困難を主訴に来院されました。約1か月前から出現した訴えで、以前は大好きなゴルフが完歩出来ていたのに最近はカートが必要だといいます(相当なアスリートだったか??)。着衣にも息切れを自覚する程です。関連する大切な陰性所見(田中先生がよく仰る”pertinent negative sign”)としてfever, chills, night sweats, cough, chest discomfort, orthopnea, swelling of the arms or legs, weight gain, or bloody stoolsが上げられます。
確定診断まで鑑別のプロセスが示されます。
まず既往歴、12年前に肛門管の扁平上皮癌が抗癌化学療法と照射後に外科手術がされています。3回の会陰部蜂窩織炎歴があり、daily amoxicillinを内服中です。他、高血圧、脂質異常症、睡眠時無呼吸症(CPAP使用中)があります。内服歴にはamoxicillinに加えて
aspirin, fexofenadine, gabapentin, losartan, simvastatin, tamsulosin,そしてmultivitaminがあります。退職した弁護士でボストンに奥さんと暮らしています。ペットはいません。喫煙歴はありませんが多年にわたりliquorを6 ounces/日の飲酒歴がありました。
診察しますとバイタルに特記すべき異常なし、脈拍72、呼吸数15、SpO2 98%(室内気)です。胸部聴診所見に異常なく、浮腫ありません。皮疹ありません。
心電図検査所見でRBBBありますがST-T変化ありません。洞調律。
検査所見です。末梢血WBC4660, Hb10.9 MCV93.6, Plate106000。生化学ではAST/ALT46/43, TBIL1.2, troponin(<14)25→25(3hs), BNP(<1800)76, D-dimer(<500)1693,
Ferritin(<400)1485, SARS-COV2 PCR(-), といったところです。
腹部CT所見で肝の形態不整と脾腫がありましたが、胸部CTでPE(Pulmonary Embolism)なし、頭部CTに著変ありません。心超音波検査では軽度の左室肥大、軽度の両房拡張がありました。
ここまでで皆さん如何でしょうか?。common or life-threatening causeはなさそうです。
循環器、呼吸器疾患はそれらしくありません。主訴の原因として説明可能かもしれないところは貧血くらいでしょうか。血小板減少症は画像診断と併せて肝硬変/脾腫によるものでしょうか。
追加検査がされてreticulo. count3.6%, LDH(<225)574, haptoglobin undetectable,
Cooms(-), fibrinogen(<481)854, CRP(5.0)164, ESR(<15)111mm, ANA undetectableでした。末梢血スメアにschistocytesを認めませんでした。尿定性検査では1+urobilinogen,潜血陰性です。
皆さん如何でしょうか?non immune hemolytic anemiaだと診断可能ですか?。
更にnon immune hemolytic anemiaには原因としてinfection, hematologic cancer, thrombotic microangiopathy, exposure to oxidant drugs, Paroxymal Nocturnal Hematuriaが考えられます。本例には末梢血にschistocytesは見られず、尿にhemoglominuriaを認めません。
感染症?が原因??、発熱もないし急性発症でないし。感染症で溶血を来す病原微生物って何でしょうか。ありました!、ダニ媒介感染症として知られる、Babesia microti他babesia属、malariaを来すことで知られるplasmodium属(以上寄生虫/原虫です)、そして比較的稀となりますがBartonella baciliformis(細菌)等です。これらのうちB. microtiはボストン近郊では珍しくなく遭遇する病原微生物です。更に本例が無症状ながら肝硬変を有しており、免疫機能不全状態ならば、全身的な感染症であっても発熱がないことも説明可能です。
第4病日に末梢血Hb9.0, AST/ALT57/63となりました。そして末梢血スメアを確認すると赤血球内に寄生虫がリング状の栄養体として2.1%に観察されました。これがタイトル”
Breathtaking Discovery”/“息を吞むほどの発見”となる訳です。B. microtiのPCR検査は陽性、ELISA法で確認されたBorrelia burgdorferi IgG,IgM共に陰性。Anaplasma phagocytophilum, Ehrlichia属のPCR検査は陰性でした。振り返って聴取しても患者さんにダニ咬症の記憶はありません。Azithromycinとatovaquneが投与されて末梢血スメアは正常化、末梢血Hb値と同血小板数も正常化しました。
Babesia microtiはダニ・Ixodes scapularis tick(シカダニ)によって媒介される寄生虫/原虫です。Northeast region of the United Statesでは感染がcommonに認められます。更にこのダニはLyme disease, anaplasmosis, Borrelia miyamotoi infection, そしてPowassan virus infectinの病原微生物を媒介することが知られています。更にこれら病原微生物が同時感染する可能性が報告され、注意が必要です。診断にはダニ咬症の流行を絶えず念頭に置いておくことが肝要です。Lyme disease, Rockey Mountain spotted fever, Southern tick associated rash illness, Turalemia等では特徴的な皮膚所見がみられます、B. miyamotoi diseaseではrelapsing feverが特徴的です。Babesiosisの治療はAzithromycinとatovaquneが推奨され、Clindamycinとquinine sulfateも代わらぬ効果が得られますが比較的副作用が多いとされます。大切なこととして多くのダニ媒介疾患で効果が報告されるdoxycyclineが効かないことです。本例の診断経過で経験するように、正確な診断には複数のCognitive biasesを克服することが必要で、いつもanchoring, heuristicsを意識することが大切です。本例は慎重な検査結果の考察と地域で流行するダニ咬症の認識することで、”common”な訴えである労作時呼吸困難の原因が”uncommon”な病因であるbabesiosisという診断に至った訳です。
我々ごく普通の一般日本人からすると「ところでBabesia原虫って日本にいるの?」と疑問がわきますが、調べるとこれがいるんですね。国内初のバベシア症が1999年に報告されて、無症候性キャリアからの輸血が発症原因とまで検証されているようです。我が国には固有のBabesia原虫2種類(神戸型と穂別型)が確認されているようです。ちなみに獣医さんの間では犬バベシア症は”common”な病気らしいです。Google検索で得られた情報です。
ダニ咬症といえば当院でも当初あまり馴染みのなかったリケッチア症である日本紅斑熱が、現在では当地域にも流行する病態であることが認識されて、発熱疾患のなかで年間数例が病初期に診断されているなあとつくづく感じられ、今回も大変勉強になりました。
< 伊東ベテランズ 川合からの報告です >