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CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 14.11.2023
Case 34-2023: A 49-Year-Old Woman with Loss of Consciousness and Thrombocytopenia 14.11.2023
49歳の女性が就業中の意識障害を主訴にMassachusetts General Hospital:M.G.H.の救急外来に来院されました。当日午後の4:30頃に仕事場のコピー機の隣で意識なく倒れているところを発見されました。救急隊が接触時には意識は混迷、発語はありません。“はい”と“いいえ”のみ発語可能でした。失禁と外傷はありません。血糖値は正常でした。来院時に同僚と家族から聴取しますと、本例はCOVID-19感染症に4週間前に罹患、2週間前に出勤再開ました。当日の朝、同僚は彼女が”unwell”だったと言い、午後2:00前に電話による“ランチタイムカンファレンスに”参加して、家族・同僚と会話しています。既往歴に高血圧がありamlodipineを内服しています。家族歴に神経疾患はありません。診察しますと体温は36.3℃、心拍70、血圧141/98、呼吸数は18、SpO2は96%でした。発語なく”もごもご言う”だけです。単純な質問には間を置いて返答可能でした。感覚と筋力は保たれていました。急反応、協調する運動はできませんでした。頭部他に外傷を認めませんでした。他の身体所見は正常、画像診断がされました。来院40分後に頭部・頚部の造影CT所見が得られて、梗塞、出血の所見なく、頭蓋内、頚部の動脈に狭窄・閉塞を認めません。硬膜静脈洞、深部脳静脈は開存していました。胸部単純写真は正常。来院後1時間の検査結果ではHb8.5, Ht25.4, WBC16200, Plt5000, troponinT72(0-9), ESR50(0-20), CRP26.7(<8.0), Na138, K2.5, CL97, BUN21, Crt1.07, Glucose130, ALT18, AST50, ALP50, T-Bil.2.6(<1.0), D-Bil.0.3, PT14.8, INR1.2, 血中エタノールは検出されず、尿の中毒物質スクリーニング検査は陰性、妊娠反応も陰性でした。血清TSHは正常、生理食塩水が静注されました。来院後2時間で発語可能となりました、ゆっくりですが流暢です。彼女が言うには当日熱感を感じていた由、飲酒、薬物接取はないとのこと。3時間後に血液検査が再検されましたHb7.6, Ht22.3, WBC19570, Plt7000, troponinT105(0-9), PT15.2, INR1.2, APTT28.8, D-dimer3857(<500), Fibrinogen291(150-400), Haptoglobin<10(30-200), LDH1495, Reticulocytes5.8%(0.7-2.5)。血液塗抹検査では破砕赤血球が顕著で血小板減少と網状赤血球増多を認めました。
<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS> M.G.H.救急科のKori S. Zachrison先生の解説です。
受け入れた救急医からすると二つの重要な疑問が生じます。即ち、何故彼女は倒れて意識を失くしたのか、そしてこのイベントにより何か外傷を被ったかです。
FALLS AND LOSS OF CONSCIOUNESS 人が倒れて意識を失う事には多くの原因が考えられます。神経学的イベントしては脳卒中、痙攣、他の神経疾患、失神が通常考えられる原因です。中毒、代謝性、物理的な転倒、機能性神経障害、てんかん性障害なども考慮されます。本例には巣症状があり、特に失語、失行が上げられ、更に3時間以内には問題なかったことが明らかです。それ故、脳卒中がまず否定されなければなりません。失語は従来から左中大脳動脈領域の脳卒中で発症することが示唆される病態ですが、coordination difficultyは典型的には小脳の障害です、しかし本例の場合には脱力や視空間障害による可能性もあります。失語、小脳障害は一方で心源性脳塞栓症、COVID-19関連血管炎、一過性脳血管攣縮症候群等による多発脳梗塞でも発症します。脳静脈血栓症においても失語と血管支配領域に無関係な巣症状を発症する可能性があります。小脳性失語の可能性はありますが左中大脳動脈領域脳卒中に比して遥かに頻度が少数です。acute disseminated encephalomyelitis(ADEM)やmultiple sclerosis(MS)が稀ながら失語を来すとの報告があり、ADEMがCOVID-19感染症に合併したとの報告もあります。本例には情動変容があり、当日の早くには具合悪そうだったことからは感染症、小脳膿瘍や脳・小脳腫瘍、脳炎、髄膜炎、Hashimoto’s encephalopathy等の構造的、或は脳症的な病態も考慮が必要となります。
本例にみられた失語が自然緩解していることからはTIAや痙攣も鑑別が必要です。非常に稀ながらmigraine with brain stem auraも考える必要があります。迷走神経反射や起立性低血圧、不整脈・心疾患による失神性イベントとしては巣症状を有する点が合致しません。局所的脳震盪が時間とともに改善した可能性はあります。コピー機に関連する中毒症状は、彼女が別な場所にいた時既に調子悪そうだったこと考えるとそれらしくありません。一酸化炭素中毒のような環境因子については同僚が問題ない点が合いません。
RESULTING INJURIES 転倒と意識障害という観点からはイベント中に外傷を被ったのでないかとの懸念が生じます。脳出血や頸椎損傷、椎骨・頸動脈系の解離が巣症状を来した可能性です。
LABORATORY AND IMAZING FINDINGS 妊娠反応が陰性であったことから子癇による痙攣は否定されます。thyrotropin値が正常であったことからHashimoto’s encephalopathyは否定されます。ethanolが検出されなかったことからはアルコール中毒は否定されました。CT angiographyから椎骨・頸動脈系の解離が否定されて、くも膜下出血、脳内出血、腫瘍、脳静脈血栓症が否定可能です。vascular beadingの所見はなく一過性脳血管攣縮症候群が否定されました。CT所見が正常であっても虚血性脳卒中とTIAは否定できませんが、これらで予想される大きな動脈の閉塞は認められませんでした。本例では血清K値が2.5と低値で、QT延長症候群やtorsades de pointes、心室頻拍など不整脈による失神の可能性が懸念されます。末梢血検査所見で貧血と血小板減少症を認め、彼女が転倒した際に胸腹部外傷による内出血を来した可能性も心配されます。focused assessment with sonography for trauma(FAST)やCTによる評価が必要かもしれません。神経症状と貧血、血小板減少症の合併を考えるとthrombotic thrombocytopenic purpura(TTP)などthrombotic microangiopathyが疑われます。臨床像と併せるとsystemic lupus erythematosus(SLE)やcatastrophic antiphospholipid syndrome(CAPS)も鑑別する必要があります。
EMERGENCY DEPARTMENT COURSE 患者さんの症状の回復と失語の改善からreview of systemが明らかとなり、高体温以外に特記すべき症状はありませんでした。この時点で脳炎、髄膜炎は否定的です。血液検査の再検からはTTPが最も包括的な診断であることが明らかでした。TTPは特発性である場合と、感染症が誘因となる場合、背景に自己免疫疾患、CAPS、悪性腫瘍などがある場合が考えられます。amlodipineが唯一の内服薬でしたので薬剤起因性のTTPは否定的です。
<CLINICAL IMPRESSION AND INITIAL MANAGEMENT> 幾つかの検査結果から鑑別診断を絞り込むことが可能です。血清LDH, 間接ビリルビンの高値、haptoglobinの低値からは貧血が溶血性貧血によることが解ります。PT, INR, APTTが正常であることからはdisseminated intravascular coagulation(DIC)は否定的です。貧血の程度に対してと網状赤血球数が高値となっていることからは再生不良性貧血、vit. B12欠乏症は否定されます。末梢血の顕微鏡的検査でみられた破砕赤血球像からは、自己免疫性貧血や再生不良性貧血が鑑別可能でmicroangiopathic hemolytic anemiaが疑われますし、immune thrombocytopenic purpura(ITP)やヘパリン起因性血小板減少症は否定的です。破砕赤血球の量的評価は難しいです。高倍率観察で1~2個の破砕赤血球は非特異的で敗血症や、体外循環、心室補助デバイス例にも見られます。本例に見られたように高倍率観察下5~6個の破砕赤血球数は全赤血球の5%に相当します。この顕著な数値は貧血と血小板減少症に合致する所見でmicroangiopathic hemolytic anemiaの存在が明らかです。これら所見と臨床像からは本例に見られるmicroangiopathic hemolytic anemiaは後天性TTPによることが強く示唆されます。後天性TTPはADAMTS13(a disintegrin and metalloproteinase with thrombospondin motif 13)に対する自己抗体によるとされます。ADAMTS13値の検査結果は1~3日を要するので、経験的治療が開始されます。新鮮凍結血漿の輸血がリスク少なく、ADAMTS13の補給にもつながり確定診断前に推奨される治療法です。
<DIAGNOSTIC TESTING> thrombotic microangiopathyの原因検索をするうえで、ADAMTS13活性とADAMTS13抗体を検索することは必須です。ADAMTS13活性は加齢や肝疾患、炎症、妊娠等の影響を受けて軽度低下する可能性があります。しかし高度低下、例えば10%以下はTTPに特徴的です。5%未満の高度低値となると、遺伝子異常、先天性TTPに特徴づけられます。先天性TTPはUpshaw-Schulman syndromeとして知られていますが、後天性TTPと鑑別するためにはADAMTS13活性値が低い時に、reflex testで検索される必要があります。本例におけるADAMTS13活性値は高度低下、<5%(67%<)でinhibitor値は1.4units(<0.4)でした。
<DISCUSSION OF MANAGEMENT> ADMTS13検査は、結果が出るのに現状では数日を要する場合が多いです。TTPは直ちに治療が必要となる致死的な病態であるので、clinical diagnostic toolsが意思決定に使われることもあります。初期治療の決定に最も有用な治療法は治療的血漿交換療法で、診断検査結果の明らかになる前に実施される必要があります。治療的血漿交換は侵襲性の治療法であり、ヘルスケアチームを要します。多量のドナー血漿を要し、硬度カテーテルの留置も必要となります。検査結果が明らかとなる前に治療を始めなければならいので、診断補助として”PLASMIC score”が有用です。2017年に作られたPLASMIC scoreは7つの項目より成り立ちます。即ち、30000未満のplatelet count(P)、hemolysis(L)の存在、過去12カ月中のactive cancer(A)の存在、stem cell或いはsolid organ (S)の移植歴、90以下のMCV(M)値、1.5以下のINR(I)値、2.0以下の血清creatinine(C)値の7項目です。これらの5項目以上が当てはまる場合にはintermediate risk of TTPと判断されます。治療的血漿交換療法または血漿輸血がされる場合には血液内科と輸血科の意見が必要です。
THERAPEUTIC PLASMA EXCHANGE 治療的血漿交換の意義はドナー血漿中の多量
ADAMTS13の補給と、阻害自己抗体を95%以上除去することにあります。広く受け入れられている標準療法は末梢血血小板数が150000を超えるまで連日血漿交換療法を継続する、その後3日ごとの血漿交換療法を続けるとされています。本例では第5病日に末梢血血小板数が396000となりました。多くの施設で治療的血漿交換療法は連日から、末梢血血小板数が安定するまで隔日で実施されています。本例では血漿交換を再開できる準備として皮下トンネルカテーテルを留置して第8病日に退院となりました。
ADDITIONAL CONSIDERATIONS 治療的血漿交換療法は免疫抑制療法に移行されます。本例においても第3病日からステロイド治療が併用されました。rituximabが早期に併用されることで再発リスクを減少させるとの報告があります。本例では第5病日にrituximabが投与されています。末梢血血小板数が50000を超えた時点で低用量アスピリン投与の意味があるとの報告があります。bortezomibやdaratumumabがrituximab不応性TTPに奏功したとする報告があります。TTPの原因究明は困難ですが、ウィルス感染症、自己免疫性疾患による自己免疫異常、活動性の悪性腫瘍などが誘因となる可能性が言われています。本例では発症4週前にCOVID-19感染を合併しており、TTP発症の原因として示唆されます。一方で発症2か月後に直腸癌の合併が診断されており、これら両者が如何に関わっていたかは不明です。本例はTTP再発についてもカウンセリングを受けました。TTPの再発率はrituximab療法中であっても20%以上と報告されています。現状では我々は末梢血血小板数、血清LDH値を併せて当初1カ月間は毎週、後の2か月間は隔週で、その後1年間は毎月毎のフォローアップをしています。TTPは再発前に患者が“何かを感じる”と言われるので、訴えに注意が肝要です。ADAMTS13活性、と同阻害抗体値は完解期には多くの症例で正常化しますが、全例ではありません。完解期にわずかながらADMATS13活性値である無症状例が再発のリスクが高いとされますが、治療については明らかにされていません。非常に稀ながら、完解期においても尚ADAMTS13活性が10%未満と低値である症例があり、先天性TTPである可能性があります。
<FOLLOW―UP> 本例では4週間毎のrituximab投与がされて、ステロイドが2か月をかけて漸減されました。診断された6か月後に再発します。そして血漿交換療法とステロイド療法が再開されました。背景にあった癌が再発に関与した可能性も考えられます。
rituximab投与も再開されました。検討会に参加されていた内科医から血小板輸血の適応について質問がありました。個人的な考えですが、血小板輸血については顕出血がない限りは良いことはないと考えています。深刻な血小板減少症(<10000)であっても、活動性出血を伴わない場合には、ITPでは有用でなく、ヘパリン起因性血小板減少症、TTP、DICでは有害だとされています。
仕事場コピー機の隣で倒れていた女性の意識障害の原因がthrombotic thrombocytopenic purpura(TTP)と診断されて治療を受けた症例です。M.G.H.救急科の先生が解説されました。次々と鑑別すべき病態と診断が指摘・解説がされて、読んでいて心地良かったです。当院に入院したTTP症例もこの20年間に何件かあったよなぁと振り返っていました。
<伊東ベテランズ 川合からの報告です>