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伊東ベテランズ

火曜朝の抄読会 2023-Case46

2024.1.10

CASE RECORDS of the MASSACHUSETTS GENERAL HOSPITALに学ぶ会 09.01.2024

Case 39-2023: A 43-Year-Old Woman with Chronic Diarrhea, Hair Loss, and Nail and Skin Change 09.01.2024

 43歳女性が腹痛と下痢を主訴にthe Prince of Wales Hospital of Chinese University of Hong Kong に入院となりました。6か月前に腹部全体に疝痛が出現しました。一日10回以上の非血性下痢が出現して、後の6か月間で食思不振と5kgの体重減少認めました。症状が継続して家族に受診を勧められました。患者さんが言うには4カ月の間に顔、手足が褐色調となり、頭髪が薄く、爪が変形したということです。吐気・嘔吐、吐血、血便、発熱、寝汗を認めていません。polycystic ovary syndromeの既往があります。10か月前に生理不順を漢方医に診療を受けて内容不明の漢方薬を内服しました。治療を4か月継続しましたが腹痛、下痢が出現した6か月前に中止しました。内服歴は他にありません、薬物アレルギーはありません。Hong Kongの都会に夫、息子と暮らしています。喫煙歴、飲酒歴、違法薬使用歴ありません。両親が健在です、消化管疾患、自己免疫性疾患、遺伝性疾患の家族歴はありません。診察すると体温は37.2℃、血圧120/65、心拍85、BMIは20でした。甲状腺、心、肺に異常なし、表在リンパ節を触知しません。下腿に浮腫を認めます。皮膚科的には頭髪が斑状に脱毛し、頭頂部に大きく脱毛しています(”hair pull testは陰性)。褐色丘疹が頬部にみられて、色素沈着が手掌、指の腹側に顕著です。爪異栄養症が全ての指に認められます。爪の先端が爪床から剥離して先端が崩れています。末梢血Hb10.0(11.9-15.1), MCV74(83-98)。同WBC, CRP, ESRは正常でした。K2.9(3.5-5.0), Ca0.85(1.13-1.32), P0.52(0.72-1.43), Zn8.8(10.7-18.0), alb1.4(3.3-4.8), 随意尿蛋白陰性、便培養は正常腸管細菌でした。Clostridium difficile抗原、Shiga toxinは陰性、虫卵、寄生虫は明らかでありませんでした。患者さんは入院となりました。

<DIFFERENTIAL DIAGNOSIS > the Prince of Wales Hospital of Chinese University of Hong Kong内科のDr. Jimmy C.T. Lai先生の解説です。本例はtraditional Chinese medicineを内服した頃からの体重減少、腹痛、下痢、皮膚(毛髪・爪)所見を有する43歳女性です。血液検査では栄養障害、電解質異常を伴い、タンパク漏出性腸症に合致する所見です。鑑別診断を考えるうえでタンパク漏出性腸症と皮膚所見に注目したいと思います。

 AUTOIMMUNE DISEASE inflammatory bowel disease(IBD), systemic vasculitis, systemic lupus erythematosus(SLE), celiac diseaseが慢性消化管症状をきたす自己免疫性疾患です。IBD,特にCrohn’s diseaseは腹痛と非血性下痢を訴えます。小腸が侵された場合には栄養障害を来します。腸管害症状としてはerythema nodosum, pyoderma gangrenosum, Sweet’s syndrome(sudden onset fever and skin painful nodules)が皮膚症状としてみられます。本例の皮膚症状とは異なります。Bechet’s diseaseのような全身性血管炎、腸管血管炎は慢性下痢症、タンパク漏出性腸症、皮疹を合併することがあります。しかし本例には膿性皮疹や口腔・陰部潰瘍を認めません。SLEはタンパク漏出性腸症を合併することがありますが皮膚所見が異なります。血清学的に追加検査は必要です。Celiac diseaseはヘルペス様皮疹を合併することがありますがアジア人には稀で、皮膚所見が異なります。

  PRIMARY ADRENAL INSUFFICIENCY Addison’s diseaseとも呼称される原発性副腎不全は多彩な全身症状をきたし、体重減少、腹痛、下痢、女性には無月経を伴います。ほとんどの症例で皮膚色素沈着を伴いますが、毛髪・爪に異常を伴いません。

  HEVY-METAL POISONING 本例は中身の不明なtraditional Chinese medicineを投与されており、重金属暴露の可能性があります。ヒ素中毒は皮膚色素沈着を呈しますが毛髪と爪に異常を認めません。鉛中毒は腹痛を認めますが皮膚所見はありません。慢性のヒ素、鉛中毒は多発神経感覚・運動障害を来しますが本例にはみられません。

  CAMCER AND AMYLOIDOSIS 悪性腫瘍を体重減少の鑑別診断に考慮することはいつも重要です。本例において大腸癌は可能性がありますが比較的若年者といえ、リスク因子を欠いています。直腸癌の場合には比較的若年成人にも発症して下痢を来します。消化管の悪性リンパ腫では慢性下痢症とタンパク漏出性腸症を合併して、皮膚病変を認めることがありますが稀な疾患です。アミロイドーシスは多臓器を侵して多彩な病像を呈します。全身性のアミロイドーシスは皮疹を合併して、消化管病変を認める場合にはタンパク漏出性腸症、栄養障害、全身症状を認める可能性があります。稀な疾患ですが生検でアミロイド沈着を証明する必要があります。

  OTHER DISEASES 発熱はありませんが感染症として結核は本例が流行域に生活しており、消化管結核では慢性下痢や体重減少といった全身症状を呈します。頭髪や爪の異常は結核には合致しません。Cronkhite-Canada syndrome(CCS)は稀な非遺伝性のhamartomatous polyposis syndromeであすが本例の臨床像の多くが合致します。1955年にL.W. Cronkhite, JrとW.J. Canadaにより初めて報告されて以来、世界でこれまで約500例しか報告されていません。CCSでは食道を除く全消化管にhamartomatous polypsを認め、脱毛、爪の異常、色素沈着を含む皮膚病変を合併します。下痢とタンパク漏出性腸症を消化器症状として認めます。患者は必ずしも色素沈着やひどい皮膚症状を合併しないこともあり、かつ病状の活動性により可逆的です。CCSの診断基準は現在確立されていませんが、臨床像が合致して他の疾患が除外された場合に考えられるべきです。そして消化管に多発するhamartomatous polypが確認されれば診断可能です。本例には消化管内視鏡検査と病理組織学的検索が必要となると思います。                                                                                               

 <DIAGNOSTIC TESTING> 本例ではANCAがantiproteinase 3 antibody 27.1RU/ml と弱陽性であった以外に自己免疫マーカーは陰性でした。anti-tissue transglutaminase IgA値、下垂体ホルモンは正常。血中Free T3値はeuthyroid sick syndromeに一致する値でした。血中の銅、ヒ素、亜鉛、セレニウムは正常。尿中ヒ素値も正常範囲でした。漢方薬の分析で亜鉛、銅は含まれず、PET検査に異常集積を認めませんでした。上部・下部消化管内視鏡検査が実施されて、何れにも多発ポリープを認め、病理組織学的には何れもhamartomatous polypの診断となりました。

 <DISCUSSION OF MANAGEMENT> CCSの病態生理は現明らかになっていませんが、多くの報告例では治療として免疫抑制療法が実施されています。治療選択については症例報告と集計報告に依存しています。

 TREATMENT OF HELLICOBACTER PYLORI INFECTION H. pylori陽性症例ではその除菌療法が消化管ポリポーシスを改善したとの報告があります。本例では生検でH. pyloriが証明されて、triple therapy(clarithromycin, amoxicillin, pantoprazole)2週間投与により除菌が成功しています。

  IMMUNOSUPPRESION 現状ではCCSの治療は免疫抑制療法が主流です。副腎皮質ホルモンの全身投与が最も多く実施されて、後ろ向きコホート研究では半数に有効であったとされています。mesalamine, 5-aminosalicylateの併用も報告されています。ステロイドに替わる免疫抑制剤の効果は明らかでありません。本例では当初hydrocortisoneの経静脈投与がされて、後に経口prednisoneの2カ月間漸減投与がされましたが効果を得ませんでした。ステロイド無効例に対してはazathioprine, cyclosporin A投与などが考慮されています。何れも効果が得られない場合にはinfliximab投与がオプションになるかもしれません。本例ではcyclosporin Aを投与されましたが無効、一年後にinfliximab投与が開始されました。

SURGICAL THERAPY 外科的治療・大腸切除により臨床症状とポリポーシスの改善をみた報告がありますが、病変は大腸のみならず、胃・小腸にも認められており、外科的治療のオプションは難治例、或いは悪性腫瘍合併例に限るべきでしょう。

 NUTRITIONAL SUPPORT 特異的な治療法に加えて最重要なのは栄養療法です。経腸栄養療法と経静脈栄養療法が考慮されます。本例では当初経腸栄養が実施されて効なく、結局、完全な経静脈栄養が実施されました。

 PREVENTION OF COMPLICATION 免疫グロブリン喪失を含む栄養障害によりCCSは感染症、合併症のリスクが増します。本例では敗血症と繰り返すC. difficile感染を合併して抗菌化学療法、便移植療法がされました。CCSではprotein C/Sの漏出やfibrinogen, factor Ⅷ等の増加により凝固亢進状態が起こります。本例でも深部静脈血栓症と肺塞栓症を合併して抗凝固療法がされています。

 MONITORING OF DISEASE ACTIVITY  治療法と同様にモニタリングについても現在標準となるものは明らかでありませんが、臨床像、生化学的検査、内視鏡検査所見は重要と思われます。疾患活動性の低下により皮膚所見が改善するとの報告があります。更に腹痛、下痢といった症状も改善し、体重増加、血性アルブミン値、電解質が正常化すると報告されています。内視鏡検査では悪性腫瘍合併の有無と共にポリポーシスの改善傾向が確認されます。残念なことに現状ではCCSの予後は不良で5生率は55%と報告されています。死因の多くは敗血症と消化管出血です。

 <FOLLOW-UP> 本例ではinfliximabが開始されると皮膚症状、内視鏡検査所見は改善傾向を認めましたが、下痢は著変なく経静脈栄養の継続が必要でした。骨代謝異常による多発骨折を合併ました(flail chest, hypoventilation syndromeを合併 )。肺塞栓症と肺炎を繰り返しました。CCSと診断された30か月後に呼吸不全により永眠されました。  

 Cronkhite-Canada syndrome(CCS)は“1955年にL.W. Cronkhite, JrとW.J. Canadaにより初めて報告されて以来、世界でこれまで約500例しか報告されていません”と解説されています。日本では比較的多くの報告があり、指定難病289にも指定されています。更に本邦では厚労省・研究班による診断基準があります。私にもかつて経験症例があったよな、と思い出して調べてみたら、「土家清、川合耕治、他.下痢症状を欠き、自然軽快を認めたCronkhite-Canada症候群の一例.ENDOSCOPIC FORUM FOR DIGESTIVE DISEASE 1996; 12: 274-278.」なんてのが出てきました。もう30年も前に、受け持ちの初期研修医先生と書いた論文です。

<伊東ベテランズ 川合からの報告です>